茶館・おしゃべりタンタン ~6月のティーパーティー 前編
6月に入って初めての休園日。雨上がりの空は明るく晴れて、爽やかな風が吹いています。
ここは神戸の王子動物園。
たくさんの動物達で賑やかな「ふれあい広場」の端に、その素敵なカフェはありました。
赤い瓦屋根に白い壁、赤い枠に縁取られた窓の向こうには薄紫の小花をつけた鉢植えのローズマリーがのぞきます。
レトロな泡ガラスの入った木の扉が開き、お店から出てきたタンタンは、ちんまりした足で精一杯つま先立ちして手に持った風鈴を軒下につるしました。
『6月になったなの。今月の風鈴は紫陽花なの』
透明なガラスに色とりどりの紫陽花を描いた風鈴は、風を受けてちりちりと軽やかな音を立てます。
「茶館・おしゃべりタンタン」の開店です!
『こんにちは。タンタンさんから招待状をいただきましたの。3人分です』
「はい、確かに。ようこそ、リーリーさん、シンシンさん、シャンシャンさん。いつもテレビで拝見してますよ」
窓口の職員さんがそう言って、にこやかにゲートを開けてくれました。
上野ファミリーの3人は、今日はタンタンのお店に招待されてきたのです。
「茶館・おしゃべりタンタン」は、お裁縫もお料理も得意なスーパーレディのタンタンが、動物園のみんなを招待するために始めたお店でした。
タンタンのレシピの美味しい飲茶はあっという間に評判になり、神戸の街にいくつも支店ができたかと思うと、次々とチェーン店として全国に広がっていきました。
そこでタンタンは他のお店は人に任せて、今はここ、動物園のふれあい広場にある本店で休園日にだけカフェを開いているのです。
つまり、動物園の動物達や、遊園地の飼育員さんスタッフさん達、招待状を持っているタンタンのお友達しか来られないのでした。
『わぁい、タンタンさんのお店、楽しみでしゅ♪』
『さすがに神戸は遠かったねぇ。シンちゃん体調は大丈夫?』
『ええ大丈夫よ。ただお腹がペコペコ…あら、浜家の皆さんよ』
ゲートを入ってすぐ、美しいピンク色のフラミンゴが集う池の前で、同じくタンタンに招待された浜家7人家族が手を振っていました。
『ピキしゃん、プル子しゃん、久しぶりでしゅ』
『プミ先輩も元気そうやな。ほら、フラミンゴの雛が生まれてて可愛いねん』
『赤ちゃんでちゅ、プルプル』
『さぁ、これで勢ぞろいや。シンシンさんはお店まで歩いても大丈夫やろか?』
『あらあら平気よ、そんなに気を使わないでくださいな。安定期ですもの』
もうすぐ赤ちゃんが生まれる予定のシンコさんを皆が気遣います。
緑がみずみずしい園内を連れだって歩く道中、プミとピキは仲良くおしゃべりしました。
『お母しゃんが大事な時期なので、飛行機はやめて新幹線で来たでしゅよ。
騒ぎにならないように黒いサングラスかけて変装ちたのに、あっという間にバレてサインと写真責めにあいまちた。
どうしてバレるんでしゅかね? サングラスで目の周り真っ黒なのに』
『そら大変やったな。うちらは「特急パンダくろしお号」に乗って来たんや。パンダの座席ヘッドカバーがついてて可愛い特急なんや。
そしたら途中から乗ってきた乗客が、「パンダの座席がいっぱいで可愛い~♪ あ、この座席は特別製かしら、大きくてふかふか♪」って、うちのお父ちゃんの膝にドスンと座ったんや。
それでお父ちゃんが、『いいんですよお嬢さん、僕は野外運動場の芝生でうつ伏せで寝てる時も、きれいな長方形に見えるとかで、お客さんに「わぁ、あそこの芝生にパンダ柄のベンチがある♪」って言われたことが何度も』…って、ああ着いたわ。あのお店やな』
羊やアヒルや烏骨鶏、ヤギにカピバラ、うさぎさん…休園日の今日は柵の外にもいろいろな動物達が出て、みんなのんびりと過ごしている広場。
そこに「茶館・おしゃべりタンタン」はありました。
可愛い赤い屋根と白い壁。軒下の涼し気な紫陽花の風鈴が、皆を歓迎するようにちりりんと音を立てています。
ポーチには白いガチョウが一羽、一行を見て羽を大きく広げて『クワ~~ッ!』と高い声で鳴きました。
『がっちゃん、お出迎えごくろうさまなの。みなさん、いらっしゃいませなの』
ふれあい広場の人気者、ガチョウのがっちゃんの声を合図に、タンタンがにこやかにドアを開けました。
お店の中は大きな出窓から陽が差し込んで明るく、カフェの内装も可愛らしく、タンタンの趣味で選ばれたアンティークのテーブルに椅子、鳩時計、床は黒竹が敷き詰められていて、少しアジアンテイストも感じられます。
ワイワイ、ガヤガヤ、ワーステキナオミセー、カワイイー、イイニオイー、オナカスイター♪
カフェに足を踏み入れた一行は、はしゃぎながらお店の中を見渡します。
女子が多いので賑やかです。
『今日はお招きありがとう。お土産よ。タンタンさんが好きな葡萄を持ってきたの。マスカットはどうかしら』
シンコさんが大事に(つまみ食いもせずに)抱えてきたバスケットを差し出します。
『シンコちゃん、ありがとうなの。最近、梅ちゃんと吉ちゃんが葡萄にお薬を入れるなの。マスカットは珍しくて嬉しいなの。さっそく、これで美味しいデザートを作るなの』
『まぁまぁ、飼育員さん達はタンタンさんの体のためにお薬を入れてるんでしょう。これも愛情ね』
そう言われてにっこり笑うタンタンに、今度は結浜が包みを差し出しました。
『うちも、お土産です。実はね、結がブリーディングセンターのお庭でマッシュルームを栽培したの!』
『結ねぇが、岸くんがテレビの「てつわんダッチュ」で農作業してるからって、真似したくて作ったんや』
『キャーッ! 恥ずかし~! アシバタバタ 今は苺育ててるの。できたらまた持ってくるね!』
『ありがとうなの。ちょうどふれあい広場の烏骨鶏さん達が卵をくれたところなの。マッシュルームオムレツにするなの
ちょうど出窓のローズマリーの鉢に花が咲いてるなの。お花も食べられるから、オムレツの香り付けにしましょうなの。
タンタンはローズマリーの香りが大好きなの』
そう聞いて鉢植えがある出窓に目をやった浜家の娘たちが、そこに素敵なものを見つけて歓声を上げました。
『わぁ、ローズマリーの隣のドールハウス、とっても素敵!』
『ありがとうなの。タンタンが梅ちゃんと吉ちゃんに頼んで作ってもらったなの。ハウスの中はタンタンが飾ったなの』
陽がさんさんと差し込む明るい出窓。
薄紫の小花をたくさんつけたローズマリーの鉢の隣に「おしゃべりタンタン」の建物をそのまま小さくしたようなドールハウスが置いてありました。
ハウスの外見はお店とそっくりで、中は客間や食堂に寝室が二つ、ホールに衣裳部屋などが一通りそろった可愛らしいお家になっていました。
『カーテンやベッドのキルトはタンタンさんの手作りかしら? 衣裳部屋にもお洋服がたくさん、すごいわ』
『本当に素敵なドールハウス! 小物もみんなおしゃれで可愛くて、タンタンさんのイメージにもぴったりね!』
4
口々に褒めるお母さんやお姉さんたちの後ろから、プミピキプルの三人はそっとドールハウスを覗きました。
ハウスの中の小さな家具にはそれぞれ細かな細工がしてあって、小さなドライフラワーが飾られ、ミニチュアの食器や小物などが溢れていて、なんだかとても愛情に溢れているお家のように見えました。
『さぁ、皆さん席に着いて、今日はたくさん召し上がってなの』
タンタンの言葉に、みんな大喜びでテーブルに向かいました。
さぁ、いよいよ「茶館・おしゃべりタンタン」のスペシャルメニューの登場です!
まずは甘くない点心の、根曲竹の笹包みちまき、たけのこ粥、笹の葉入りの翡翠餃子、飾り人参を添えた穂先タケノコ焼売などがずらりと並び、
テーブルの中央にはアフタヌーンティーのようにケーキスタンドに並んだ美しい甘い点心の数々が胸を躍らせます。
リンゴたっぷりの杏仁豆腐、ほかほか桃饅頭にゴマ団子、サトウキビジュースに浸した愛玉子、なつめの蜂蜜煮…もうみんな夢中で食べています。
『はい、いただいたマッシュルームで作ったオムレツなの。とっても美味しくできたなの』
お日さまのような暖かい黄色のオムレツに、薄紫の小花がぱらりとかかったお洒落な一品まで並びました。
『すごーい! どれもなんて美味しいの! 香ばしいマッシュルームにローズマリーの香りが素敵!』
『シンちゃん、たけのこ粥、僕の分も食べていいよ、ほら、お腹の子の分もあるから』
『おリンゴ杏仁豆腐、ほっぺが落ちそうでしゅ!』
『先輩、杏仁豆腐の汁がめっちゃ飛んでくるやで。はー、どれも美味しすぎてお腹いっぱいや。そろそろ漬物とご飯をひとくち欲しいところや』
『なんかうちの子がおっさんみたいなこと言うてるわ。…こら、桜、桃、結! しゃべるか食べるかどっちかにしなさい。騒がしいなぁ』
『だってぇ~、美味しいんだもん。一口食べるごとに、おいしーーー!って叫んじゃう! キャッキャッ』
『ねー、そうよねー! キャッキャッ』
『あー、もう私、帰ったら体重増えてるわ~! キャッキャッ』
『女の子はみんなちょっとぐらい賑やかで、ふっくらしてた方が可愛いんや。ラウちゃんも可愛いで』
『プルプル!』
みんなが口々に褒めるのをタンタンはにこにこしながら聞いてテーブルを回り、香り高い菊花茶やプーアル茶を淹れてくれます。
そして料理も終盤に差し掛かる頃…。
『最後のスペシャルデザートなの。いただいたマスカットをソーダ水の寒天で包んだなの。”翡翠ぶどう”って名前にするなの!』
透き通った泡に抱かれた宝石のようなマスカットのデザートに、今日何度目か分からない大きな歓声が上がりました。
『本当になんて綺麗なデザートなのかしら。ねぇ、タンタンさんも座って一緒にいただきましょうよ』
シンコさんに促されて、タンタンは頷きました。
『じゃあ、お茶を淹れ直して、それからみんなでいただきましょうなの。翡翠ぶどうにはきっとアールグレイティーが合うなの。
子供たちはホットミルクにお砂糖を入れて…あら、お砂糖壺がからっぽなの。きっとさっき来たワオキツネザルさん達が食べちゃったなの。
補充してくるから待っててなの』
そう言ってタンタンはキッチンの方に向かいました。
みんなもお手伝いしようと食べ終わったお皿などを持ってテーブルを離れ、そしてタンタンがお砂糖の箱を持って戻ってくると…
『…あら? お砂糖が6個入ってる』
『ホントだー! 不思議ねぇ、さっきは確かに空っぽだったのに!』
とても不思議なことが起きていました。
空だった砂糖壺に、白と茶色のお洒落な角砂糖が6個だけ入っていたのです。
タンタンはそれをじっと見つめました。それからにっこり笑いました。
『ああ、小人さん達が手伝ってくれたなの。このお店には、時々、可愛い小人さんたちが出るみたいなの』
何事もなかったようにそう言い、タンタンはプミピキプルの三人のホットミルクに、その角砂糖を二つずつ入れてくれました。
『小人さんがいるでしゅか? 不思議でしゅ…』
『うち、小人さん見てみたい!』
『見てみたいでちゅ!』
『そうなの。とっても可愛い二人の小人さんみたいなの。
夜のうちに植木にお水をやってくれたり、お砂糖壺を補充してくれたり、小さな手でできることをしてくれてるなの。
タンタンはとっても感謝してるなの』
子供たちにそう言い、それからタンタンは何気ない仕草でドールハウスのある出窓を振り返りました。
そしてにこやかにテーブルに向き直り、
『さぁ、デザートタイムなの。翡翠ぶどうを召し上がれなの!』
その言葉に、みんな大喜びでフォークを構えました。
食後の満ち足りた穏やかな時間が流れていました。
お腹いっぱいになった皆はお茶を飲みながらくつろぎ、動物園の他の動物たちも顔を見せています。
タンタンはシンコさんとラウママに美味しい根曲り竹のちまきの作り方のレクチャーを始め、
桜、桃、結浜たちは遊びに来たカピバラさんやレッサーパンダさん達と笹グルメについてのおしゃべりに花が咲いています。
ガチョウのがっちゃん、つゆちゃん達もクァークァーと会話に参加します。
永明さんは、なかなか彼女に振り向いてもらえずに悩んでいるロバのブンタくんの恋愛相談に乗っていました。
『ほうほう、ナズナちゃんと仲良くしようとするたびに、怒った彼女に後ろ足の蹄で顔面をカッポンカッポン蹴られると。
そら難儀ですなぁ。しかし気の強い女性もなかなか可愛いものですわ。
怒らせた時は近寄らず、遠くからニコニコと見守って、怒ってる君も可愛いよ、そんな君が好きだよ~とアピールとマーキングだけは粘り強く続けることですな』
『なるほど、僕も勉強になります』隣でリーリーも感心しながら聞いています。
プミ、ピキの二人はポンポコリンになったお腹を上にして、出窓の傍のソファに転がっていました。
窓からは明るい陽射しが差し込み、今にもうとうとと眠ってしまいそうです。
…と、その時。
ピキはプルが隣で一人で何か話しているのに気が付きました。
『あい、あたちはプルちゃんでちゅ、よろちくでちゅ。ふたりともどこからきたでちゅか? あたちはあどべんでちゅ』
『ん? プル子どないしたんや? 誰と話してるん?』
見てみると、プルは鉢植えのこんもりと繁ったローズマリーの枝の上、何もないところを見ながら話しているようです。
『おともだちができたでちゅ。おんなのことおとこのこのおともだちでちゅ』
そう言って指さす方を見ても、そこは出窓に置かれた鉢植えとドールハウスがあるだけです。
だけなのですが…。
『あれ…そやけど…なんか光みたいなものが見えてきたようなやで…』
ローズマリーの枝の中に、小さなぼんやりした光が見えるのです。それも二つ。
目をこらすうちに、その光はだんだん鮮明になってきて…。
『…ピギャーーーーッッ!! ちょ、ちょっとこれ!! 先輩、これ見てや!!』
慌ててプミを揺り起こすピキでしたが、お腹をさすりながらむにゃむにゃ幸せそうに笑って起きません。
7
『最後の手段や』
ピキが容赦なく落ちていたローズマリーの小枝でプミの鼻の穴をくすぐると、プミはフガッ!!と飛び起きました。
『何するでしゅか! お腹いっぱいで気持ちよく寝てたのに!』
『寝てる場合ちゃうねん。ここ見てや、ここ。…なんか見えるか?』
『ここでちゅプルプル』
二人がピシッと指さすのは、やはり鉢植えのローズマリーの枝の上。
プミは目を凝らしましたが…。
『何もないでしゅ』『よーく見てや』『プルプル』 5秒凝視…
『何もないでしゅ』『もっとよーーく見てや』『プルプル』 15秒凝視……
『ええー、なんでしゅか。プミには見えないでしゅよ…うーんうーん…んんん?!』
その時です。プミの目にも、うっすらと二つの小さな光が見えてきたのでした。
『ややっ?!』
その二つの光は小さく暖かそうな色で、見つめているうちにだんだん形を変えてきて…なんだか…小さなパンダの形のような…。
『見つかっちゃった、見つかっちゃったねー、クスクス』
『見つかっちゃったなの。ウフフ』
まん丸に見開いたプミの目に、ローズマリーの小枝に腰かけて笑う、二人の子パンダの姿がはっきりと見えたのでした。
『ウフフ、ウフフ』
『クスクス、クスクス』
いたずらっぽく笑う声。
それは「茶館・おしゃべりタンタン」の二人の小人さん。女の子と男の子の赤ちゃんパンダなのでした。
つづく
今昔さん、すっごく可愛いお話に引き込まれました
おしゃべりタンタンに上野とアドベンファミリーが集ってホント賑やかで楽しそう
小人さん、あの子達なんですねウルウル
続きも楽しみにしています
今昔さん、パソコン新調されたんですね!
読んでいてとても幸せな気持ちになる素敵なお話ありがとうございます
サングラスのくだりや漬物とご飯を欲しがるピキちゃん、永明さんの恋愛指南などクスッとしちゃうところもあって本当に楽しいです
続きも楽しみにしています!
今昔さん、素敵なお話ありがとうございます
続きを楽しみにしてます
ドールハウスと小人さんのところで、もしやと思いましたよ
ここでもやっぱりピキちゃんはしっかり者w
ありがとうございます!一気読みしてしまいました。引き込まれる今昔さんワールド素晴らしい。美味しそうなものがたくさんで読んでいるだけで満たされます!
素敵なお話ありがとうございます!
後半も楽しみ!
こんばんは、今昔です。新しいパソコンから失礼します。(パソコン買い替えました!)
以前、夢で見た「茶館・おしゃべりタンタン」のお話を書いていると予告しましたが、遅くなりましたが投下させてください。
今回は本当に長いです…。16~17レスくらい必要そうで、更におまけまであります。
なのでまず前編として数レスを投下後、夜中にでも後編を出させていただこうと思っています。
おまけ話はタンタンのお誕生日話なのですが、また後日で。
そして、現在はシンコさんが育児休暇中ですが、「茶館・おしゃべりタンタン」の初来店のお話には、やっぱり上野ファミリーも全員そろって神戸まで来てほしかったので、
お話の中の時期は、6月の始めということにしました。
ベビバブちゃんが生まれる前の、安定期の頃のお話とさせてください。
「茶館・おしゃべりタンタン」は動物園の中に本店があり、タンタンはそこで休園日に皆さんを招待しています。
そんな設定です。よろしくお願いします。