「これは…まずい…」
思わずつぶやいて立ちすくむ。
スーツ姿のサラリーマンが邪魔だと言わんばかりに足早に避けていった。
ついさっきまでは順調だった。
朝早く新幹線に乗り、東京駅で乗り換え御徒町の松坂屋に行った。上野案内所のハロウィンのディスプレイはとても可愛らしくパンダグッズをいろいろ買い込んでしまった。
デパートの地下から直結して10歩で地下鉄に乗れるなんて田舎者には驚愕だ。
そうやって銀座線に乗りここ上野駅まで来て、念願の動物園はもうすぐのはずなのに。
念には念を入れて事前にプリントアウトした上野駅の構内案内図を広げる。が、目の前にある改札とその先のサンマルクカフェは地図のどこにも載っていない。
覚悟を決めて改札にいた駅員さんに訊くことにする。
「すみません上野動物園にはどう行けばいいですか?」
「ああそれならですね…」
おお若くてイケメンさんだ。
「えっと、ここを出てすぐ右にエレベーターがあります。それに乗って3階まで行って、左手にエスカレーターが…」
ふと気づくと駅員さんの脇から丸くて黒くてもしゃっとした耳が見える。何か紺色の帽子…?
「…で橋を渡ったら行けると思います」
「あっハイすみません!右行って左ですね!ありがとうございました!」
お礼を行って歩き出した途端、ガゴンと大きい音がして前へつんのめってしまった。
切符を入れずに通ろうとしたので当然のようにゲートが閉まったのだ。
「大丈夫ですか!切符入れないと」
「すみませんすみません大丈夫ですごめんなさい!」
慌てて握りしめていた切符を通す。恥ずかしくていたたまれなくて俯いたまま逃げるようにその場を離れた。
(びっくりしたーめっちゃ恥ずかしいー)
気をとりなおしてあたりを見回してみる。
「右側のエレベーターって言ってたな……ってないんだけど!?」
(また迷った!? いや落ち着け落ち着け 大丈夫まだ時間はあるんだ もう一回駅員さんに訊く?…でもさっき訊いたばっかで)
腕組みして考えていると、ツンツンとコートの裾を引っ張られた。
振り返るとこどものパンダが3人(3匹?)
「お困りのようでしゅね」
「改札から見とったで」
「おっきいまいごでちゅねプルプル」
「わたくちたちはプミピキ署のものでしゅピシィィ」
「これはプミ巡査、うちはピキ巡査や。でこの子が見習いのプル子 うちの妹やで」
「よかったら道案内しまちゅよ」
「わああありがとうーー!困ってたんだ!また駅員さんに訊くのも恥ずかしくて」
この際なんでパンダなんだとかなんでお巡りさんの格好してるんだとかどうでもいい。
何よりちょっと大きめの制帽を被った姿はとてもかわいい。『カワイイは正義』ってこういうことかとぼんやり思ったりもした。
「エレベーターはここでしゅ」
「下向いて歩いてたから見逃したんやで」
4人で乗り込む。小さなエレベーターだ。
「プル子ボタンおしたいでちゅ」
「ええよ ほら抱っこしたる 3階やで」
「プミも押したかったでしゅ」
「乳児に張り合うなや 先輩は『閉める』でも押しとき」
思わずマスクの中で吹き出してしまう。いいトリオなのだろう。
外に出ると視界が開けた。
左手に上野駅正面とエスカレーターが見える。その先には白く長く伸びているパンダ橋だ。
「ここまで来れば大丈夫でしゅね」
「パンダ橋を渡ったら園は左側に見えてくるで」
「もうまいごになったらダメでちゅよ」
「ありがとう!本当に助かったよ!で、カッコいいお巡りさんたちにお礼がしたいんだけど」
「カッコいい….グッフ いえお礼とかそういったものはお断りしてましゅ」
「あのね、動物園の予約時間が13時なんだ。
まだ時間があるし、もともとなんか軽く食べてから入園するつもりだったんだよ。暇つぶしに付き合うと思ってお茶しない? ひとりぼっちは寂しいし」
3人が顔を見合わせる。
「ホンマにええんですか?」
「寂しくて寂しくて困ってるんだ。困っている人を助けるのがお巡りさんの仕事でしょ?」
「お巡りさんは困っている人を助けるんでちゅおねえちゃまいつも言ってまちゅプルプル」
「じゃ決まりだね!行こう行こう」
エスカレーターで降りてアトレに向かう。人混みに入るので互いに手を繋ぎピキはプル子を抱っこした。きっぷ売り場の前に(人間の)お巡りさんが何人か立っていて物々しいと思ったが、3人は通りすがりにピシィィと敬礼をしていた。
全国チェーンのパン屋が目に入る。ここなら田舎者にも安心だ。イートインの店内は客も少なめで、ウィンドウにはたくさんのパンが並んで誘っているかのようだ。軽食にはちょうどいい。ここにしよう。
「いい匂いがしまちゅ」
「うちはやっぱりカレーパンやな あ『ハイジの白いパン』やて これなら柔らかくてプル子も食べやすいな プミ先輩は?」
「男は黙ってりんごのブリオッシュでしゅ」
「あははプミちゃんはカワイイ女の子でしょ?」
それぞれのパンをプミがトレイに載せた。ドリンクを注文するレジは3メートルほど離れている。カタ…カタ…と小さな音をたてて慎重に運んでいる。真剣な顔についにやけてしまう。
「アイスカフェラテとホットミルク1つづつください プル子、ねえちゃんの氷やるから冷ましてミルク飲もうな」
「あいありがとうおねえちゃま」
「プミは、うーんと、アイスカフェラテ…なんてオサレな響き…ホットミルク…なんてミワクの響き…」
悩んでいるようなので助け船を出してみる。
「カフェラテにしてミルク増量を頼んだらどうかな? そうすれば両方楽しめるよ」
「できるんでしゅか!?」
「聞いてみるね」
店員さんは少し考えていたが応じてくれた。ありがたい。地元に帰ってもパン屋はアンデルセンを利用しよう。
空いている席に向かう。プミはトレイをテーブルに置き、ちょっと高めの椅子を見ていたがヨシとつぶやいて座面に膝をついて上がり、クルリと向きを変えて正面を向いて座った。ピキはプル子を抱っこしそのまま普通に腰掛けた。思わず口元がゆるんだがマスクだから本人たちには見えていないだろう。
「いただきまーす」
歩き回っていた体にはパンも飲み物も美味しい。ピキは白パンを小さくちぎりミルクに浸してプル子に食べさせてやっていた。カレーパンの具が落ちたのか胸にシミがあったのでそっと拭き取る。
奥のプミは両手でパンを持ちおいしーと目を細めて味わっていた。上向きのおっぴろがった鼻の穴はずっと前からよく知っている。
自分はホットレモネードを飲んでいるが、心のなかが暖かく感じるのはきっとそのせいだけではないはずだ。
「ごちそうさまでしたー」
やっぱり心配だから園が見えるまで送るという申し出に甘えて4人でパンダ橋を渡った。
パンダ橋は広いのでプル子を下ろして自由にさせた。はしゃいで跳ね出すプル子を追いかけてプミも両手を広げて走り出す。
「プミーインパルスでしゅよーー!ぶううーん!」
「待ちぃや!コンパスが一番長いのはうちやで!負けへんでー!」
3人はクルクル回ったり、追いかけっこになったりキャッキャッと楽しそうに走り回っている。
こういうのを幸せっていうのかなとぼんやり見つめていると、ピキが思い出したように戻ってきた。
「今日はようさんごちそうになってもうておおきにです」
律儀な子だなあ。それともコスト意識が高いのか。
「気にしないでピキちゃん。この日のために貯金頑張ったし今日は後悔しないように使おうって決めてたんだ。どうせ明日からまた社畜だしね」
笑ってそう言うとピキはほっとした顔を見せた。そこへプル子を連れてプミが戻ってきた。
「シャチクってなんでしゅか?ハチクやモウソウチクなら知ってましゅ。新しい竹の種類でしゅか?プミミ?」
とうとう我慢できずに吹き出した。
「あはは!そうかもねプミちゃん。帰ったらママに聞いてごらん」
パパの名前は出さなかった。こんな質問をされたら頭を抱えてゴロンゴロンしかねないと思ったからだ。
続きです
パンダ橋を渡ると左手に美術館。角を左に曲がると動物園が正面に見えた。
お別れの時間だ。
(みんな今日は付き合ってくれてありがとう)そう言おうと思ったとき、プミのスマホが鳴った。
「あっシンコ署長からでしゅ!あいもしもしこちらプ
『アンタたち今どこにいるのーー!?』
プミは思わずスマホを耳から遠ざけた。スピーカーにしなくても怒号が聞こえてくる。
『上野警察署から連絡あったわよ!育休中なのにすみませんって!アナタたち特殊車両を駅の【翼の像】の前に放置したまんまでしょ!』
「あ」
『えたーなるふぇにっくす号と天上天下唯我独尊号なんて書いてある子供用自転車なんてアナタたちしかいないじゃない!待ち合わせの人たち迷惑してるんだから早く撤去してきなさーい!!!』
「すっかり忘れてた!」
「あかん早よ行かんと!」
「おねえちゃまおんぶしてくだちゃい」
さっき駅にいたお巡りさんってもしかしてこのせい?
「あ、あ、みんな気をつけてね」
3人は上野駅に向かって猛スピードで走りだした。どんどん背中が小さくなっていく。
「今日は本当にありがとうねー!」
人目も気にせずぶんぶんと手を振る。
「パンおいしかったありがとでしゅー!ピシィィ」
「もう迷子になったらあかんでー!」
「白浜にもあしょびにきてねー!」
遠くから声だけ聞こえてきたが、人混みにまぎれてもう姿は見えなくなってしまった。
(嵐みたいだったな)
(楽しかった)
鼻の奥から、胸の底から何かが迫ってきそうな気がする。が、ぐっと堪えてスマホの時計を見る。12時50分。ちょうどいい。
「さてと、行きますか」
まっすぐ歩きだす。ずっと待ち望んでいた場所はもうすぐそこ。
~おわり~
>>831
すっごく楽しく読ませていただきました!
もしや先日の550さんでしょうか?(違ってましたらすみません)
エレベーターのボタンのくだりとかパン屋さんでの椅子の座り方とか、も~可愛いやら面白いやらw
私も方向音痴でよく迷子になるのですが、この可愛いお巡りさんたちに案内してもらえたら最高だなぁ
早速楽しいお話ありがとうございます!
たのしそうでいいなー
えたーなるふぇにっくす号がプミしゃんで天上天下唯我独尊号がピキしゃんでしゅか?w
可愛くて楽しくて、ニコニコしながら読み終えて、そしたらなんだか胸がジーンと暖かくなっていました。
みんな可愛いなぁ…そして幸せで優しい世界だなぁ…と余韻を噛みしめています。
素敵なお話をありがとうございます!
とてもとてもキュンとするお話、ありがとうございます
あの子達がますます愛おしくなるお話ですーーー
読み終えて胸がきゅーんとなりました
かわいくて愛おしい彼女たちに会いたい!
上野で迷子になったら裾をツンツン引っ張ってくれるかな
550さんの書きこみを読んでお話になったら素敵だろうなーと思っていたのでとても嬉しいです
>>831
550さん 素敵過ぎです
この寒い10月に温かくなるお話ありがとう!
今夜はサン坊の送別会なのでシャンメリーじゃなくて特別にサンメリー飲んでますよ~
人間界も自粛解除ですしねー(でもまだ自宅でヘベレケw)
かんと゛うした ありか゛とう
シンコさん、スピーカーにしなくても声が大きいのはお約束でしゅね
楽しい作品をありがとうございます!
>>580でしゅw
550さんが迷ってる時に、可愛いあの子たちが誘導してくれたらいいなぁ
なんて妄想をお話にしてくださり嬉しいです
ああもう皆可愛いなぁ
心の宝箱!ステキなお言葉っ
こんなにも我々に幸せをくれるあの子達
なんて素晴らしい存在なのでしょう
ありがと!
とても読みやすくて面白く、初めて書かれたお話だったとはびっくりしました
550さんの素敵な思い出を共有させていただき、私たちもとても楽しい気持ちにさせていただきました( ´ω` )
>>846
素敵なお話ありがとうございました!
プミちゃんに出会うまで一人で東京に行くなんて思ってもいなかったなと、初めて上野に行った時のことを思い出しました
私は駅構内で迷い、声を掛けてくれたのはサラリーマンの方でしたw
生サン坊に会えることは出来なかったけどワイワイスレで会えるかな?
>>846
初めて書かれた作品だったのですね! すごいです。
とても楽しく、テンポ良く、顔をほころばせながら読みふけりました。
私も一緒に550さんとプミピキプルの3人と楽しく遊んだような気持ちになりました。ありがとうございます♪
このスレで育ったいい子たちは、本当に生き生きと私たちの心の中で笑ったり遊んだりしてくれますね。
これまでのたくさんの作品、画像、レスで育てられた子たちなんだなぁと思います。
あらためて、素敵なスレだなぁと思いました。
10レスほどお付き合いください
最初はパンダ出てきませんペコペコ