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パンダ記念日 ~虹に願いを~ -2022/08/15(月)

916: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:08:35.08 ID:40U1UyBX0

パンダ記念日  ~虹に願いを~

『大変だ大変だ!! 遅れちゃう遅れちゃう!!』
息を切らしながら叫ぶ声と、不思議なペッタンペッタンという足音が真夜中のブリーディングセンターのバックヤードに響き渡り、
驚いたピキはぱっちりと目を覚ましました。
『ええっ?! なんや、こんな夜中に。誰が騒いでんのやろ』
辺りを見回すと、そこはやはり見慣れた自分の寝室です。
不思議に思いながら目をこらし、灯りを暗くした廊下の方を見てみると…
『えっと、うさぎさん…かいな? どないしたん、ふれあい広場から迷い込んできたんか?』
そこには、白くて長い耳をぴんと立てた、不思議なうさぎが立っていました。
でも、ただのうさぎではありません。
おしゃれな上着とベストを着こみ、ぴくぴくと動く鼻には小さな眼鏡をちょこんと乗せて、そのうさぎは礼儀正しい様子でピキに頷きました。
『おや失礼。こんな真夜中に起こしてしまいましたね。でもワタクシ、お姫様のパーティに遅れそうなのですよ』
『…おひめさまのパーチー?』
『ええ、それはそれは素晴らしいお姫様なのですよ。大勢の人の願いをかなえてくださったお姫様。
その方のパーティなのですから、遅れるわけにはまいりません』
『へぇ、願いをかなえてくれるお姫様なんや! ええなぁ、うちも会ってみたい。一緒に行ってもええやろか』
すっかり目が覚めたピキは、不思議なうさぎに頼み込みました。
うさぎは大きく頷きます。
『もちろんですとも。さぁ、ワタクシに着いておいでなさい』
うさぎはペッタンペッタンと跳ねながら廊下を遠ざかります。
ピキが慌てて寝室扉を押すと、それはなんなく開きました。

 

917: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:09:38.84 ID:40U1UyBX0
2
『うさぎさーん、待ってやー!』
寝室を出たピキは薄暗い廊下を駆け、うさぎを追いかけていくつかの扉をくぐり、最後に大きな扉を開けると…
そこは夜の野外運動場でした。
『いつものお庭や。えーっと、うさぎさーん、どこ行ったん?』
昼間の暑さが嘘のような、涼しい夜風が野外運動場の芝生に吹いています。
月の光が優しく照らす草むらに、少し気の早い鈴虫の声がリーンリーンと響きました。
『こちらですよ。さぁ、ここからパーティ会場にまいりましょう』
声がした方を見ると、お庭の端の木の根本で、うさぎが手招きしていました。
そこはピキが小さい頃、よく涼しい木陰でお母さんの良浜とじゃれあった思い出の木です。
その木の下でうさぎはそう言ったかと思うと、ひょい、と姿が消えました。
『あれっ、うさぎさん? どこ消えたんやろ…って、この木の根本にこんな穴が開いてたっけ?』
いつの間にそんなものができたのか、庭の木の根本の土に、大きな穴がぽっかりと開いていたのです。
うさぎはその穴に飛び込んだようです。
ピキは穴の縁に手をかけ、おそるおそる穴を覗き込むと…
『ピギャーーーーーッッ!!』
お約束通り、手がすべってその穴に転がり落ちていったのでした。

 

918: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:11:40.13 ID:40U1UyBX0
3
ころころころころーーーーっと転がり落ちたピキは、やがて柔らかい草が生えた地面に、ぼいん!! と着地して、
『…ピギャ!! ピ!! ピ!! …ピキーーー…』
ぼいん、ぼいん、コロコロ…と転がって止まりました。
めげずに、ふるふると首を振って立ち上がると、そこは広々とした緑の草原です。
不思議なことに、夜だったはずなのに太陽の光がさんさんと降り注いでいます。
そして草原に通った一本道を、うさぎの背中が跳ねながら遠ざかっていくのでした。
『大変だ大変だ!! 遅れちゃう遅れちゃう!!』
『待ってやー! うちもパーチーに行くー!!』
緑に覆われたゆるやかな丘を、うさぎの背を追ってピキは走りました。
『ええっと、そのお姫様に会ったらどんなお願いをしたらええやろ。まずお父ちゃんとお母ちゃんが元気で長生きしますように。
それから、兄ちゃん姉ちゃんらとプル子と上野ファミリーとタンタンさんも元気で過ごせますように。
飼育員さんらの給料が上がりますように。それからそれから会社の繁栄と役員報酬の増額と…あと世界平和かいな』
走って走って、やがて丘の頂上までたどり着いた時。
『…わぁ、すごい!!』
そこは素敵なパーティ会場でした。
赤と白のバラによく似た花を満開に咲かせた木々がまわりを囲んだ広場の中に、みずみずしい竹がたくさん置かれ、リンゴや人参も飾ってあります。
そして何より目を引くのが、見事な氷細工の数々です。
雪のような細かい氷が敷き詰められた上には4つの丸い氷のボール、可愛いピンクの氷、そして鮮やかな色合いの虹の形の氷がきらきらと輝いてピキを歓迎しているようでした。

 

919: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:13:49.51 ID:40U1UyBX0
4
『すごいすごい!! わぁい、うち、氷大好き!!』
ピキは思わず我を忘れて雪の上に突進し、氷のボールをぎゅっと抱きしめました。
冷たい感触を楽しみながら、左のほっぺにくっつけ、右のほっぺにもくっつけ、押して遊んでからまた抱きしめて一緒にコロコロ転がります。
虹の氷も抱きしめておでこに押し当ててみたり、赤い氷をスイカのように持ってかじってみたり。
美味しそうな竹も食べて、リンゴも拾って味わいます。
どれもこれも夢のように美味しくて、冷たくて、キラキラしています。
しばらく夢中で遊んでいたピキは、でも、ハッと気付いて立ち上がりました。
『…あっ、大変や!! うち、お姫様のパーチーの会場、めちゃめちゃにしてしもた!!
氷も壊したし、リンゴも竹もかじったし…あわわ、どないしよ…なぁ、うさぎさん、どうしたらええんやろ…』
ピキはオロオロしながら、ずっと見守っていたうさぎに助けを求めます。
うさぎは少しも慌てず、ニコニコと笑いながら近寄ると、ふいに胸に手を当ててピキに向かってうやうやしく一礼しました。
『それでよろしいのですよ、虹のお姫様。あなたこそ、このパーティの主役なのですから』
『えっ、どういうこと? にじのおひめさま、って…?』
『みんなの願いをかなえてくださった虹のお姫様。これはあなたのお誕生日パーティなのですよ。
さぁ、みんなの声をお聞きください。
これは4年前、たくさんの仲間や大勢の人々が願い、今のあなたがかなえてさしあげた祈りの声です!!』
うさぎがサッと手を振ると、なんて不思議なことでしょう。
広場を囲む木々に咲いた花々が、いっせいにしゃべりだしたのです。

 

920: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:17:55.45 ID:40U1UyBX0

5
…ああ、なんて小さな赤ちゃん。どうか無事に育ってほしい…
…お願いだから体温を保って。ミルクを飲んで。今日も明日も明後日も生きていてほしい…
…パンダの赤ちゃん、せっかく生まれたのにかわいそう。きっと元気になってね…
…早く会いたいな、パンダの赤ちゃん。あといくつ寝たら会えるのかな…

聞こえてくるたくさんの声の中には、聞きなれた飼育員さん達によく似た声も混ざっているようでした。
そして、やがてその声の中に、もっと聞きなれた暖かい声が混ざりはじめます。

…僕の娘、僕の家族。きっと守ってみせる。可愛い娘、早くお父ちゃんに元気な顔を見せておくれ…
…どうかがんばって。どうか神様お守りください。妹の命をつなぎとめて…
…きっと会える。きっと会える。ね、そうやね、私の大事な妹やもん…
…一緒に遊ぼうね。一緒においしいもの食べようね。結のリンゴも分けてあげるよ…

『お父ちゃん…お姉ちゃんらの声や…』
立ち尽くすピキの耳に、今度は胸をえぐるような悲し気な声が飛び込んできます。

…私の赤ちゃん! 可哀想に…可哀想に、私の赤ちゃん! お願いやから生きて、抱っこさせてちょうだい。
この子が生きて、目を開けて私を見てくれたらどんなに嬉しいか。
成長して、歩き始めて、楽しそうに芝生を駆けまわる姿が見られたらどんなに嬉しいか。
一緒に遊んで、遊び疲れて甘えてお乳をねだる姿が見られたら、歯が生えてタケノコをかじる姿が見られたらどんなに嬉しいか。
いつか立派になって私の手を離れる時が来ても…寂しくてたまらなくても、その成長した姿をきっと私は喜ぶはずや。
ああ、私の赤ちゃん。どうかこのお母ちゃんの願いをかなえてちょうだい…

『お母ちゃん……』
ピキの目から、涙がぽろりとこぼれました。

 

921: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:20:50.04 ID:40U1UyBX0

6
その涙を、胸ポケットから出した白いハンカチで優しく拭いて、うさぎはもう一度、うやうやしく一礼しました。
『親愛なる虹のお姫様。あなた様は、このたくさんの願いをすべてかなえてくださいました。
あなたが元気に芝生を駆け回り、母に甘え、嬉しそうに食べ、ぐっすり眠り、楽しく遊ぶたびに、誰かの願いがかなったのです。
立派に独り立ちした姿を見せるたびに、誰かの願いがかなったのです。
この花は、かなえられた願いが咲かせる花。ほら、こんなにたくさん咲いているのですよ』
辺りを見渡せば、風に揺れるたくさんの花々。
数えきれないほど咲き誇る花々が、今度はいっせいに嬉しそうな声でささやき始めるのです。

…彩浜が走った。彩浜が跳ねた…
…彩浜が遊んでる。彩浜がはしゃいでる…
…彩浜が美味しそうに食べている。彩浜が幸せそうに眠っている…

…私達の願いはかなった。あの小さな赤ちゃんが、こんなに元気で、今年もまたお誕生日を迎えてくれた!!…

『4歳のお誕生日、おめでとうございます』
深い響きの優しいうさぎの声が、どこか父に似ていることに初めて気が付いたと思いながら、ピキはすっと眠りに落ちて行ったのでした。

 

922: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:22:48.29 ID:40U1UyBX0

7
『…ほら、起きや。ピキ、そろそろ時間やで』
『今日は忙しくなるで。ちゃんとおめかしできてるか?』
両親の声に目を開けると、そこはいつものブリーディングセンターのバックヤードの寝室でした。
ピキはぼんやりと起き上がり、辺りを見まわします。
『…おはよう、お父ちゃん、お母ちゃん。うち、ええ夢見てたんや。
うち、お父ちゃんとお母ちゃんが元気で長生きできますように、ってお願いしようと思ったんやで』
『それはまたおおきに。ピキがお願いしてくれたら、きっとかなうやろ。お父ちゃんももっと頑張れるなぁ』
永明さんに頭を撫でられて照れ笑いしていると、良浜が優しくピキの肩を抱きました。
『あんたがこのブリーディングセンターで、私らと誕生日を迎えるのも3年ぶりやな。
ほんまに大きくなって、元気に育ってくれて、お母ちゃんにはそれが何より嬉しいことや。
あんたの誕生日やのに、お母ちゃんがプレゼントもらってるみたいやな。ありがとうな、彩浜』
『お母ちゃん…!』
良浜の暖かい大きな胸に顔をうずめて、ピキはそっと涙を拭きました。
『…お母ちゃん、生んでくれてありがとう…』
つぶやいた声は、涙にかき消されて小さかったけれど、きっと良浜の耳には届いたことでしょう。

『さぁ、お誕生日の始まりや。ピキ子は人気者やから今日は忙しいで。スタンバイはええか?』
永明さんにうながされ、ピキは慌てて涙を拭くと鏡をのぞいて頬毛を整え、扉の前に立ちました。
扉の向こうには、みんなが一生懸命に準備したお誕生日パーティが待っているのです。
そう、まるで虹のお姫様を祝うような、素敵なキラキラのお誕生日がすぐそこに。

「それではさっそく、本日の主役の彩浜を呼んでみましょう!!」
「さーーーいひーーーーん!!」

『はーい!!』

おしまい

 

923: 名無しさん? 2022/08/15(月) 05:29:38.36 ID:40U1UyBX0

ご無沙汰しております。今昔です。(シリーズもののタイトルがついた話を投稿する時は、名乗らせていただきますね)
いつものごとく日付が変わりましたが、ピキちゃんのお誕生日の話を書きました。
私が初めて書いたパンダのお話、ピキちゃんが生まれた時の話と似た感じになってしまいましたが、
やっぱりピキちゃんが生まれた時のこと、誕生日といえば、あの小さかった子が…という感想が真っ先に出てきます。
あれから病気も怪我もなく、すくすくと育ってくれたことが本当に嬉しいです。

5月に母の日の話を書きかけて中断していますが、もし良ければまた続きを書かせていただきたいです。

あらためて。彩浜ちゃん、4歳のお誕生日おめでとう!!
ずっと、あなたが一番大好きです。

 

928: 名無しさん? 2022/08/15(月) 09:18:54.20 ID:FPBm29s40

>>923
朝からゴワゴワください!

本当お話の通りみんなの夢を叶えてくれたよね 彩ちゃんは
四年前 もしこの子が無事に大きく育ったら絶対に会いに行くって自分に誓った事を毎年思い出す日です
まだ実現出来ていないけどw

今昔さん素敵なお話ありがとう
母の日の続きものんびりお待ちしております

 

929: 名無しさん? 2022/08/15(月) 09:23:43.48 ID:h+SO8F+00

>>923
今昔さん、ピキちゃん誕生日のお話ありがとうございます
読みながら鼻の奥がツーンとなりました
ピキちゃん、元気に育ってくれてありがとう
生まれてくれてありがとう
ラウママ、産んでくれてありがとう

本当に可愛らしくて感動的なお話でした

 

930: 名無しさん? 2022/08/15(月) 09:37:57.24 ID:km18UK2U0
>>923
素敵なお話ありがとう
本当にあの小さな子がこんなに立派に銭勘定できるようになるなんて
飼育員さんたちのお給料もきっと上がるわ!

 

934: 名無しさん? 2022/08/15(月) 11:10:44.25 ID:qZHzN4TK0

>>923
今年も無事祝ってあげられることに感謝と喜びを感じるピキちゃんの誕生日となりましたね
素敵なお話をありがとうございます

タイトルのついたシリーズもののみ名乗りますということですが、それ以外のお話も今昔さんの作品として味わいたいので名乗っていただけたら嬉しいです(あくまでも個人的な希望ですので今昔さんの好みのスタイルでご投稿ください)

 

944: 名無しさん? 2022/08/15(月) 20:36:27.80 ID:40U1UyBX0

皆さま、読んでいただいてありがとうございます。今昔です。
わいわいさんのところ、ピキちゃんのお誕生日仕様ですね♪
ベビ浜ちゃん呼びの頃のピキちゃんが見られるお話が上がってて嬉しいです。

ピキちゃんは90kgを超えて元気にしてくれていても、時々やっぱりあの小さな、お腹がぺったんこの薄桃色の赤ちゃんの姿が重なりますね。
ピキちゃんと双子だった子のことも忘れられません。

>>934
ありがとうございます。
投稿する時に名乗るかどうかというのは、見てくださる方もそれぞれ好みがあるようなので、どうしようかと思っていたのですが、
ただシリーズものの時は名乗らないと分かりにくくて、まとめてくださるわいわいさんからお問い合わせをいただいてしまったことがあって、
シリーズの時は記名しようかな、と思ったんです。
でも単発の話でも、ある程度の長さがある時には名乗っても良いのかもしれませんね。
そうおっしゃっていただけて嬉しいです。

 

931: 名無しさん? 2022/08/15(月) 10:28:09.82 ID:gyUopSPZ0
毎日アドベン公式ツイッター更新されるたびに祈りながら見たの思い出すわ
ピキしゃんこんなにころころ俵型おむすびのように成長してくれてありがとう

 

935: 名無しさん? 2022/08/15(月) 11:55:42.47 ID:I9qOT9Mb0

>>923
可愛いお話きてたー!と思ったら可愛いだけでなくとても温かい気持ちにさせていただきました
ピキちゃんがうさぎさんの後をついていく可愛らしい珍道中が目に浮かび、絵本を一冊読ませていただいた気分です
今昔さん、素敵なお話どうもありがとうございました
母の日のお話の続きも楽しみにしてますね

虹のお姫様、改めましてお誕生日おめでとう!
元気に大きく成長してくれて本当にありがとう

 

943: 名無しさん? 2022/08/15(月) 19:22:23.66 ID:+4z8cTqC0
>>923
今昔さん、素晴らしいお話をありがとうございます
お盆で空いていた朝の通勤電車で泣いてしまいましたよ、ええ
特に最後の1行にとても感動しましたホロリ

 

942: 名無しさん? 2022/08/15(月) 19:10:54.52 ID:728hut1N0
今昔さん、素敵なお話ありがとしゃんです!
ゴワゴワお借りします。。