街の喧騒を逃れるように、ひっそりした路地裏にそのお店はあった。
社畜の自分もなんとか仕事を納め、スマホの地図を片手に一人でやってきた。パンダ好きが集まるワイワイタウンの中の、名もなき住民の一人だ。
”歓迎 ワイワイタウン住民御一行様”
旅館の入り口でよく見かけるアレ。やけに達筆な文字は年配者が書いたのかもしれない。
「本日貸切」とあるから、かなりの人数が集まったのだろう。パンダ達と会えるパーティーだから当然だ。
スナックシンコの入り口。マホガニー調の重厚なドアは、なぜか齧られたような跡がある。
真鍮のライオンならぬ、真鍮のパンダが竹を咥えて自分を見ていた。
(これでノックするのかな?)
パンダが咥えている竹の部分が動くようになっており、控えめにドアを叩いてみる。
コンコン
「ーーはぁい。今子供達が開けますから、お待ちになって〜」
スピーカーから聞こえてきた声を辿ると、扉の脇にインターホンが設置してあった。
普通にチャイムを押せば良かったらしい。
(ドキドキする!)
緊張しながら立っていると、威勢よく扉が開いた。
「!」
足元にタックルされて思わずよろけたが、ドアにしがみついて堪えた。
「プミー!」
「ミーミーミー キュルルン」
(パンダだ!目の前にパンダがいる!)
きっと夢だわ。
ぼんやり呆けていたら、ミーミーと鳴くパンダが右手(右足?)を出してきた。
(え!握手してくれるの?)
喜びに震えつつ「はじめまして」と右手を差し出してみる。
新顔さんやな、どうぞよろしゅう。ほな頂きましょか
さっきまでミーミーと可愛く鳴いていたパンダが、右手をくいくいと動かした。
いつのまにか、ゴージャスな豹柄のジャケットを羽織っている。
「握手料と入店料で2000プミピキコインや。今はハイシーズンってやつやからなー、ちいっと高いねんけど」
「ハイチュウでしゅよ プミー」
「ぶどう味が好きでしゅ プルプル」
(・・・ハイチュウ?買ってこなかったけど、困ったな。ん?プミピキコイン?)
「グッズも売ってるから買っ」
「買います!」
いささか食い気味に返事をすると、なんだかしょっぱい顔をされてしまった。
今日しか買えないグッズもあると聞いていたので、とても楽しみにしてきたのだ。
ドドドと足音と共にブラウンシュガー色のパンダが近づいてくる。
大きなぬいぐるみみたい、とほっこりした自分の側を通り抜け、迷うことなくヒョウ柄のパンダに体当たりをキメた。
「!」
「こらっピキ子!ここで商売やったらあかんて言うたやろ!」
「ピギャー」
彼女は尻もちをついたが、コロンと一回転をして体勢を整えた。さすがパンダだ。
小さなパンダもキャッキャと楽しそうに転がっている。頭が平らなパンダはなぜか「キエー!」と首を振りながら店内へ走っていった。
「・・・」
「お客さん、この子らがえらいすみません。ペコペコ うちの娘なんですがまあおてんばで・・器量は悪くないのにねえ、私に似て。あ、ここ笑うとこですやで ケラケラ」
「え、えっと、そのー、入店料はどこでお支払いするんでしょうか」
「いえいえ!子供の冗談です。よう言いきかせますから、こらっピキ子ちょっとこっちに来ぃ!」
ぬいぐるみみたいな母親パンダだが迫力は満点だ。
「全然大丈夫ですよ」と慌てて手を振りながらその場を脱した。
「ほんまにすみませんでした。まったくもうピキ子は」
「おかん、違うねん、」
「何が違うか言うてみ。またそんな服着てあんたは、チーターかパンダかはっきりしぃや」
「これ豹柄やねんけど・・まあ、たまにはパンダも豹とかチーターになってカッコつけてもええやん」
「ええわけあるかいな。チーターママさんの話聞いてたらとてもとても私らには無理やで。あれやあれ、ほれ、弱肉給食や」
「給食?」
「きゅうちょく?」
パンダの姉妹は顔を見合わせた。
「せやったプル子!あんた給食のエプロンどうしたん。何したらあんなにビリビリに破れるんか」
「高い木に登ってお空を飛んだでしゅ。プミねえねに教わったでしゅよ プルプル」
「お空て。はあ〜こっちはムササビか何かになったんか・・このおてんば娘らは誰に似たん・・」
「いや、おかんやろ。浜のおてんば娘とは良浜の事やて、誰もが言ってるやん」
「なんやてピキ子?」
「ピキー」
「まあまあ、ラウちゃん」
すらりと足が長く、スマートな紳士パンダが近づいてきた。きっと夫婦なのだろう。
豹柄のパンダと、ムササビパンダの妹ーーややこしいがーー娘達の足の長さにDNAを感じた。
「おてんばでもかまへん、おてんば上等や」
「お父さん、この子らを甘やかさんと今のうちに厳しく言うてやってください。あなたが単身赴任の間どうなるか心配で」
「大丈夫や、あんなに小さかったピキ子も健康に育っとる。桜も桃も結も立派な娘に育った。楓もおりこうな子や。それも全部ラウちゃんのおかげやで。なあ?プル子」
「はいでしゅ。ママとたくさんお相撲したでしゅ。プルプル」
「ふうも大きぃなったなあ。どれ、」
足元にいたプル子を片手で抱き上げ、もう片方の腕でピキ子と妻を抱き寄せた。
「さい。ワシがおらん間おかんを頼むで」
「おとん!いやや言うてるやん!行ったらあかん」
「わあいーお空飛んでるでしゅ プルプル」
「あなた・・・グス ・・・なんべんも言いますけど、桜と桃の事お願いしますね。子供を見送るのは久しぶりやから心配で・・・グスン」
「大丈夫や、今まで通りなんも心配いらんで。ワシもまずは婿候補のチェックせんとな。ま、嫁になんか絶ーっ対にやらんけどやな」
「嫁にやらない?・・あなた知ってはりますよね?」
キッと目を釣り上げた母パンダに、父パンダはたちまち小さくなる。
「ら、ラウちゃん、わかったから落ち着いて・・バズーカは勘弁やで・・ビクビク」
「ほんまにわかってます?スタッフさん達はもちろんのこと、私たちパンダを好いてくれる人たちが・・一体どんな思いで送り出してくれるんか・・」
「じょ、冗談やで。ゴメンナサイ」
「そうですよ。ウエディングドレスもタンタン姉さんにお願いしましたし、あの子達も楽しみにしてるんですからね。今日も結を連れて神戸へ」
「そうか・・あの子らもいつかは嫁に行くのか・・ガックリ」
盛大なため息をついたが、気を取り直したように彼は妻パンダを見た。
「ラウちゃん、桜と桃の事は心配せんでええからな。さい、ふう。おかんと結姉ちゃんの言う事よう聞くんやで」
「いやや〜!いややいやや!おとん〜いかんといて〜!おねえ達とも離れとうない!グスッ グスッ 一緒にうちらも連れてって〜!うわーん!グスッ グスッ おかんも頼んでや〜 エグッエグッ」
「ピキ子・・さい、寂しいよなあ・・でも泣いたらあかん・・・お父さんも寂しいの堪えてはるんやから・・・おかんと一緒に留守番や・・・ズビビ」
「こらこら皆さんビックリしてはるで。そないに泣かんでええて言うてるやろ?いつだって遊びに来たらええし、どこでもドアでな。ワシも毎日行くでー?ラウちゃんにおはよう言うてな。ガッハッハ」
(うう・・ハンカチハンカチ・・)
辺りからも鼻水を啜る音が聞こえてきた。
『ずびばぜん〜。ゴワゴワがじでぐだだい〜』
『こっちにもお願いします〜』
「はいはーい。あー、忙し忙しでしゅよ プミー」
ゴワゴワぽい素材の麻袋を持って、頭が平らなパンダがあちこち走り回っている。