パンダ記念日 ~永明さんのハッピーバレンタインデー・家族と共に~
『お父ちゃん、ハッピーバレンタインデー!!』
『みんな、おおきに。これはまた美味しそうなご馳走やなぁ』
2月14日。
バレンタインデーの夜に、ブリーディングセンターの部屋に集まった妻と娘たちに口々に祝われて、永明さんはにこにこと頷きました。
永明さんの前には、飼育員さん達の心尽くしの美味しい竹や筍団子、それからタンタンさんから送られてきた綺麗なチョコレートケーキと、
少し…いや、だいぶ形がデコボコして見える竹筒に入ったチョコレートが並んでいます。
良浜がちょっと頬を染めながら、
『永明さん、今年は私も手作りしてみたんや。タンタンさんに作り方習って、竹筒チョコレート作ってみたんやけど』
『いやぁ、ほんまに美味しそうや。これは大事にいただきます』
そう言って形がいびつな竹筒チョコを手に取る永明さんの後ろで、
『…チョコ溶かして竹筒に流し込んだだけやから、味は大丈夫やと思うんや。形はアレやけど』
『タンタンさん、お母ちゃんに教えたものの失敗するって分かってたからチョコレートケーキも送ってくれたんやな』
桜浜と桃浜がひそひそとささやきあっています。
とはいえ、永明さんはにこやかに良浜の竹筒チョコレートを食べて、良浜はそれを嬉しそうに眺めています。
多少チョコレートの形が悪くても、この夫婦の愛は永遠なのでした。
良浜は、ひしと永明さんの手を取って、
『なぁ、永明さん、中国に行ってもラウのこと忘れんといてな。私はきっとまた会えると信じてるんや。
待ちきれなくなったら、ラウは太平洋を泳ぎ切ってでも会いに行きます!』
その手を握り返した永明さんは、
『こんな可愛い可憐な、大事な奥さんのことを忘れるわけがあらへん。けどラウちゃん、無理したらあかんで。
和歌山から太平洋に泳ぎ出たら、パプアニューギニアに着いてしまうさかいな』
その後ろで、今度はピキとプルと結浜が、
『パプアニューギニアの海からラウゴンが出現したら、現地の皆さんは大パニックやで』
『海から来たラウゴン! 映画化決定だね!』
『プルプル! ママ、えいがでびゅーでちゅ!』
やはり、ひそひそとささやきあうのでした。
宴も盛り上がる中、桃浜はタンタンさんのチョコレートケーキを切り分けつつ、
『ところで桜姉ちゃん、体調は大丈夫?』
と、桜浜をねぎらいました。
『大丈夫や。さっき念の為にバファリンLuna飲んだし』
そう言う桜浜の声を聞きつけ、ピキが心配そうに顔をのぞきこみました。
『なぁ、桜姉ちゃん…桃姉ちゃんもこの前まで辛そうやったけど、大丈夫なん?
あのな、先輩もこの前“大人の階段のぼったでしゅよ”って言ってたんや。どういうことかよく分からへんけど、うち心配やねん』
『ああ、プミちゃんはそうやったんやね。そっかぁ…うん、でもきっと大丈夫。
これはね、私ら女子がこれから子供を産むようになるための大事な時期なんや』
『そうや、家族を作るための大事なことなんや。ピキも家族がたくさんいることの楽しさを、よく知ってるやろ』
『うん、うち、お姉ちゃんらがいて、中国にもお兄ちゃんお姉ちゃんらがいて、プル子がいて、お父ちゃんとお母ちゃんがいて、
すごく楽しいし心強いんや。でも…』
だから、中国に行かないでほしい…その言葉を飲み込んで口をつぐむピキでした。
家族がいるのは嬉しいし、家族を作るのは大切なこと。
でも、どうしてそのために、その前に、辛い別れがあるのでしょう。
…と、そのピキの頭を、大きな手がそっと撫でます。
見上げると、父の優しい笑顔がありました。
『大丈夫や。家族はどこにいても、お互いを思い合ってるんやから。ピキ子にも、ずっとお父ちゃんがついてるで』
『うん…そうやね。そうやけど…なぁ、お父ちゃん。今日のバレンタインデー楽しいけど…さっきテレビで紹介された時、
“ホワイトデーの時にはもう永明はいません”ってアナウンサーが言うてたんや。それ聞いて、うち、寂しくなってしもてん…。
お父ちゃんはホワイトデーの時までここにいたかった? 父の日も、誕生日も、またここでお祝いされたいて思ってるん?』
たたみかけるようなピキの言葉に、永明さんは少し考えます。
3
『そうやなぁ…もちろんそうやけど、でもお父ちゃんは今までたくさんお祝いしてもろたからなぁ。心残りはないんやで。
可愛い子供達にも恵まれて、たくさんの人に事あるごとに祝ってもろて、こんな幸せな時間を長く過ごせたんやから』
『ふぅん…そっか。うん、でも、ええんや。うち、いっぱい稼いで父の日も誕生日もお父ちゃんに豪華プレゼント送るんやから!』
『それは楽しみや。それからテレビ電話ででも、ピキ子の可愛い笑顔をまた見せてな。それが一番のプレゼントや』
“…ピキ子はええ子や。うちの子供達はみんなええ子や。この子らを育ててくれたラウちゃんも素晴らしい妻や。
この家族を信じて、いつかは同じように素晴らしい家族を、今度は自分で作ってゆくんやで、みんな…”
少し無理して笑うピキの寂しさをよく分かっていながらも、これがこの子が大人になってゆくための大事な経験のひとつなのだということも、よく知っている永明さんなのでした。
そう思いながら見渡せば、優しい笑顔でケーキを配る桜浜と桃浜の花のような美しい姿に、やはりこの娘達は早く結婚相手を探してやりたいと思うし、旅立つ時には自分がそばにいてやれれば心強いだろうとも思うのです。
「永明、蓉浜。日本に行っておいで。日本の皆さんにパンダのことを知ってもらうために。そして、たくさんの家族を作るために」
まだ幼かったあの日、中国の言葉でそう言われたのはついこの前のことのようなのに、もう28年という月日がたっているのです。
あの時の心細さを思い出せば、そして蓉浜がそばにいてくれた嬉しさを思い出せば、やはり旅立ちの時に娘達と共にいてやりたいと思うのです。
『…ラウちゃん、こっちにおいで』
手招きすると、良浜はいそいそと寄り添います。
『ラウちゃんは、ほんまにええ奥さんや。こんなええ子らを産んでくれて、家族を作ってくれて。
僕はずっと家族が欲しかった。寂しかった。そやから今、家族と離れる寂しさを味わうことすら幸せなんや。ラウちゃんがくれた幸せなんやで』
『永明さん…』
良浜の目に、うっすらと涙が浮かびます。
それでもすぐにその涙をぬぐい、
『会いたくなったら、私、ほんまに海を泳いででも会いに行くんやから!』
白浜のビッグマザーは、明るい笑顔を見せたのでした。
つづく
今昔さんのお話きてたー!
寂しさを堪えて明るく振る舞うピキちゃんが健気で…涙
ずっと欲しかった家族を得られたからこそ離れる寂しさすら幸せという永明さんの言葉、とても深くて素敵だなぁと思いました
それとラウちゃん、本当に泳いで会いに行っちゃいそうw
続きも楽しみにしております!
いつも長くなるので、前編と後編に分けようと思います。
後編もほぼ同じ長さです。よろしくお願いします。
浜家のバレンタインデーも賑やかで
今年はちょっと切なくて ホロリ
今昔さん続きも楽しみにしてますね
梨男さん、割り込んですみません。
いよいよ素敵なご馳走が出来上がりそうで、ワクワクします。
お赤飯もあるんですね。あの子がどんな顔するかしら…楽しみです。
>>173
明日のあさイチで「生中継パンダ」ですね。ありがとうございます。
永明さんのバレンタインデー、後編を投稿させていただきます。
今日は永明さんが生まれて11111日だそうで、
この長い日々をあの長い足でゆっくりと歩んで来たんだなぁ、その足跡に花が咲くように可愛い子供達が生まれてきたんだなぁ…と、
改めてそのパン生に出会えたことに感謝です。
今昔
>>178
割り込みなどとんでもない!こちらこそお邪魔いたしました
今昔さんの物語、これからじっくりと読ませていただきます