パンダLetters.2 ～白浜から雅安碧峰峡へ-2023/03/20(月)

パンダLetters.2　　～白浜から雅安碧峰峡へ

ここは中国、雅安碧峰峡。
豊かな水と深い緑の渓谷に、大勢のパンダ達がのんびりと暮らすセンターがあります。
3月の優しい風が木々を揺らす昼下がり、大空から黒いカバンを斜めがけにした一羽の白鷺が舞い降りました。
鳥さんはペタペタと地面を歩き、守衛室の扉をコツコツつつきます。
中から出てきた守衛さんに、鳥さんはカバンの中から手紙と小包をくわえて差し出しました。
「おや、鳥さん宅配便アルね。鳥インフル陰性証明は持ってるアルか？　はい、ごくろうさんアル。
えーっと、最近引っ越してきたシャンシャンさんに手紙と小包アルね。小包の中身は…野菜と果物とお菓子アルか。
ここはニンジンは断固受け取り拒否！と言われてるアルよ。…ふむふむ、カボチャとりんごアルか、だったら大丈夫アル。
すぐに渡してくるアルよ。お返事あるかもしれないから、ここで待ってるアル」
鳥さんは美しい羽を畳んでソファで一息つき、守衛さんは手紙を抱えて検疫館の方へ向かいます。

さて、プミちゃんに、どんなお手紙が届いたのでしょうか…。

2
「先輩、元気にしてるか？　ピキやで。
小包開けたらりんごと一緒にカボチャも出てきて、ロウロウからの手紙かと思ったやろ。
けどこれには訳があるんや。
うちの結姉は畑仕事が趣味やけど、なんか今年はカボチャを栽培する言うて、種を採るからとカボチャをいくつも買うてきたんや。
いや！！　しかし！！　カボチャはあかん！
これでプル子がカボチャの味を覚えたら、ダイエットは始める前から挫折や。ロウロウ・ロードまっしぐらや。
そやから、うちは結姉が買ってるアイドル雑誌の星占いページの乙女座のとこに、
『今月の乙女座・アンラッキーアイテムはカボチャ。栽培なんてもってのほかよ。ゼロカロリーのキノコ栽培にすれば運気が上がり、岸くんに会えるかも！』
と書いた紙を上から貼っておいたんや。
そのせいで野外運動場にキノコ栽培温室がどーんと建って、柱の陰でパークの社長が泣いてたけど、まぁ些細な犠牲や。
そんな訳でカボチャはうちが引き取って、とにかくプル子の目に付かへん遠くにやったろ思て、お父ちゃん達にも送ったし、せっかくやから先輩にも食べてもらおうと思ったんや。
タンタンさんにカボチャの美味しい食べ方聞いたら『パンプキンパイにしたらいいなの』言うてたけど、そんなん先輩には無理やろから、
植木剪定の要領で叩き割ってからレンジでチンしたらええ思うで。
あと、みかん大福とかげろう、和歌山名産のじゃばら飴も入れとくな。花粉症にきくんやで。

前置きが長くなったけど、プレゼントのメインはりんごや。
今、先輩は毎日広いお庭で遊んで、中国のりんごをいっぱい食べてるそうでほんまに良かった！
けど、日本のりんごも懐かしくなるかもしれへん思て、うち、青森からお取り寄せしたんや。
「糖度選別・葉とらず・蜜入り・サンふじ」や！
もちろん無農薬やで。やっぱり日本のりんごの代表は「ふじ」やな。
あとな、お取り寄せする時に調べてて写真とか見たんやけど、りんごの花って、可愛いんやなぁ。
うっすらピンクの入った白い花がふんわり咲いて、つぼみはコロコロとまん丸で可愛い紅色なんや。
誰からも愛されそうな、愛らしい花なんやね。なんか、先輩みたいやなぁ、って思ったんやで。
好きなものって、そのひとのイメージに重なるんかな。
そういやロウロウはカボチャの花が似合うやろな。

3
先輩がいなくなって日本はどうなるかと思ったけど、今のところみんな頑張って元気にしてるで。
そうそう、先輩のいるとこは広いお庭があるんやろ。世間知らずの先輩に教えるけど、お庭には小枝が落ちてるやろ。あれは怖いものなんや。
うちも歯…いや小耳に挟んだだけやけどな、下手に近寄ると恐ろしい目にあわされるらしいんや。
そやから先輩も小枝には気を付けて、近寄ったり口に入れたりせぇへんようにした方がええで。
カレーうどんも染みるしな。

先輩の家族も双子ちゃん達が子離れの時期で、先輩のお父さんお母さん、それから飼育員さん達も忙しそうや。
シャオくんレイちゃんもけなげに頑張ってるみたいや。
今日、シンコさんがうちのお母ちゃんと長いこと電話で話したみたいやな。お母ちゃんは『気持ちは分かるわ』って涙ぐんでた。
お母さんって大変なんやな…。

うち、お母さんになる自信なんてないわ。
そやけどいつまでも子供でいたらあかんのやな、って、この頃考えるようになったんや。
先輩も行ってしまうし、お父ちゃんも、桜姉と桃姉も行ってしまうし、うちとお母ちゃんはパンダラブに引っ越して、またブリーディングセンターに帰ってきて、
帰ってきたらお父ちゃんたちの匂いは残ってるのにいなくて、なんかこう…いろいろ考えてしまうんや。
…けど、うん。
うち、お父ちゃんと約束したんや。いつも笑顔で元気なピキでいるって。
そしたら中国に行ったみんなも安心してくれるかな。先輩も一緒に笑顔になってくれるかな。
今な、この手紙書きながら、うちも先輩に贈ったお取り寄せのりんごを試食してるんや。
これ、めっちゃ美味しいりんごやで。
先輩もきっと、ひと口食べたら笑顔になると思うやで！

4
そうや、ええこと思いついた！！
うち、このりんごを食べ終わったら、種を植えてみようかな。
こんな美味しいりんごがたくさんなる木がお庭に生えたら、食べ放題になるもんな。夢みたいやな！
りんごって、種を植えてから実がなるまで、どれくらいかかるんやろ。
やっぱカボチャみたいには早くないやろな。
5年？　10年？
そしたら、その頃、このブリーディングセンターのお庭には誰がおるんやろ。
結姉かな。プル子かな。お母ちゃんは、きっとお父ちゃんの待つ中国に行くんやろな。
もしかして…うちがここにいるかもしれへんのやろか。
もしかして、うちが、うちの子供と一緒に大きく育ったりんごの木を見上げたりして。そんな未来もあるんやろか。
…まぁ、それはまだ誰にも分からへんことやな。
もしうちらの誰でもない別のパンダがいたとしても、パンダならみんなりんごが好きやろ。
その時はその子らのためになるように、うちはりんごを植えるんや。
うん、決めた。
先輩も、検疫が終わってデビューして、どこかの庭付き豪邸に落ち着くことが決まったら、良かったらりんごの種を植えてみてな。
先輩がいつもいるお庭に日本のりんごが実ったら、毎日眺めて嬉しいやろな。
初夏にはお花が咲いて、秋にはまん丸の真っ赤なりんごが実るんや。
先輩の笑顔もシンコさんみたいに、りんごみたいにまん丸になるかな。白いお花のように、ぱあっと咲くかな。
そして、りんごの木を見るたびにうちのことを思い出してな。生まれ育った国のこと、みんなのことを思い出してな。
そんな未来があるかもしれへんって思ったら、楽しくなってきたやで。

ほな、また。
風邪と花粉症には気ぃ付けてな。先輩の華やかなデビューのニュースを楽しみにしてるやで。
ピキより」

おしまい