改めて辺りを見渡すと、住民と思わしき人たちが大勢いて店内は賑わっていた。
チラホラと見覚えのある方々もいる。
(あ、おちりニキさんだ。後でサインもらえるかしら)
ベストセラー「ママのおちごとにっき」は通勤のお供としてバッグに忍ばせている。
鼻水をすすりつつカウンターに近づいていくと、まあるい笑顔がウフフと出迎えてくれた。
「いらっしゃい。スナックシンコへようこそ バキッムシャムシャ ゆっくりしていってね モグモグお飲み物はいかがなさいます?」
「シンちゃん、新しいお客さんかい」
バックヤードにつながる暖簾の向こうから、エッホエッホと大きなパンダがやってきた。
「いらっしゃいませ。ーーこちらは僕にまかせて。シンちゃんはシャオくんとレイちゃんにミルクをお願いできるかな」
「はあい。もうそんな時間ね、小腹が空いたわ バキッ ムシャムシャ」
竹を齧りながら、まあるい笑顔のパンダは返事をした。
「お客さま、ちょっと失礼しますわね。ごゆっくり〜 ウフフ」
「エッホエッホ どうぞお好きな席にお掛けください」
「ありがとうございます」
せっかくなのでパンダさんとお話がしてみたい。といっても、見るからに忙しそうなとんがり頭の大将とお喋りは無理かもしれない。
対面式のカウンターの真ん中に一人座り、所在なく周りを見渡した。
いわゆる普通のスナックだが、空間はかなり広い。
中央にステージがあり、ラウンジのようにL字型のソファが並んでいる。
(写真立てだ。家族写真がたくさん。・・・入院さんの写真も飾ってくれてる)
気持ちがふっと和んだ。そんな中、ひときわ盛り上がっているのは、お年寄りパンダ達がいるテーブルだ。
頭に輪っかがついてるから、彼らは空から遊びにきたようだ。
住民たちと一緒に手拍子を打ちながら、アカペラで何か熱唱している。
(この歌・・・ええっと「孫」だっけ)
「プル子、こっちやで」
同じカウンターの端に、先ほどの豹柄のパンダと目の大きな妹がやってきた。
涙はおさまったようだ。姉妹の会話が聞こえてくる。
「は〜。思いっきり泣いたら、ちいとスッキリしたわ」
「ふうもウンチしてすっきりでしゅよ」
「ウンウン。偉かったなあプル子 ヨシヨシナデナデ今からうどん食べられるからな」
「チュルチュルでしゅか」
「そうや。約束しとってん」
「さいちゃん、ふうちゃん、お待たせやでー」
姉妹が座る対面のカウンターに、お盆にどんぶりを乗せた人がやってきた。
(沼ピキ子先生だ)
「熱々カレーうどんや。これ食べて元気出してな」
「先生おおきに。めっちゃええ匂いや」
「せやろ。今日はお手軽ヒガシマルやねんけど、案外美味しいやで」
「ヒガシマルのカレーうどんか。うち初めてや」
ピキ子は嬉しそうに言って、沼先生を見上げた。
「ほんまに元気出てきたで、先生」
「うんうん、はよ食べ。ふうちゃんにはきつねうどん作ったで。熱いしフウフウしてな」
子供用のお椀を前に、プル子は大きなパンダ目をキラキラ輝かせた。
「きつねしゃん・・ふうふうするでしゅか」
「せやで。ふうちゃん」
「ふうーふうー」
「上手やでプル子。うちのカレーうどんも食べてみるか?」
ピキ子の言葉に、プル子は首を横に振った。
「せんせが作ってくれたの。ふうのおうどん食べるでしゅ」
「ふうちゃん。デザートにかき氷もあるで?もちろんさいちゃんも食べてな」
「かき氷!うち大好物や」
「シャリシャリでしゅね プルプル」
姉妹の嬉しそうな声が重なった。
* * *
店内の照明は暗すぎず程よい。壁には大きなポスターが飾られていた。
まあるい笑顔のパンダは女優なのかな。
大将は温泉も営んでいるみたいだ。”洞窟温泉”か、今度行ってみよう。
「エッホエッホ 冷たい熊笹茶がなくなりそうだ、補充しないと。それから永明アニキはおでんと熱燗か。メニューにないんだけどなあ クシクシ」
「リーおじちゃん、遅くなりました」
バックヤードにつながる暖簾の奥から、三角巾とエプロンをつけた娘パンダがパタパタと近づいてきた。
「お母ちゃんは奥でシンコおばちゃんを手伝ってます」
「ありがとう。小雅ちゃん、お腹は空いてないかい?みんなとテーブルで食べてきたら?」
「いいえ、今日はお手伝いで来たので大丈夫です」
小雅ちゃんはてきぱきと動き、お茶を作り始めた。
父パンダは手を止めて、半分困ったような顔で彼女を見ている。
「小雅ちゃん、手伝いはいいからシャン達と楽しんでおいでよ」
「ありがとうございます。今度友達だけのパーティーがあるから、その時に・・・でも行かないでって泣いちゃいそうで・・・シャン子ちゃんを困らせたくないんです・・・グス・・・」
「そうか、そうだよね。見送る方が寂しいもんね」
小雅ちゃんを励ますように、父パンダは彼女の肩をぽんぽんとたたいた。
「我慢しなくていいんだよ。でも、シャンはあの通りあっけらかんとしてるから、案外バカバカしくなるかもしれない」
「ふふ。それは・・そうかも」
小雅ちゃんは微笑んで、目尻の涙を拭った。
「よし!とにかく今日はお手伝い頑張ります!お客さまたくさん来てくれてますね」
「そうなんだ。だからお手伝いとっても助かるよ。でも遠慮しないで、パーティーも楽しんでね」
「はいっ。あ、お母ちゃんが呼んでる。先にシンコおばさんを手伝ってきますね。ーーお客様ごゆっくりしてください」
こちらにもぺこりと頭を下げて、彼女はパタパタと走っていった。
とんがり頭のパンダはほっと肩を撫で下ろしたようだ。落ち着いた様子で熱燗の用意を始めている。
「大将。失礼ですが、先ほどのママとはご夫婦ですか?ママさんとっても美人ですね」
「ええ、そうなんです。シンちゃ、いや、つまとは幼なじみなんですがね。小さい頃から美人で優しくて、おおらかで・・僕にはもったいないくらいですよ。ノロケチャッタ テレテレ」
「大将とママ、お似合いですね」
「いやあ、エヘヘ。まいったなあ。これ良かったらどうぞ。お通しですがサービスしときます」
カウンターテーブルにパンダ柄の豆皿が置かれた。
「わぁ、ありがとうございます!(笹の葉のおひたし…?)」
おそるおそるお箸を伸ばしていたら、キーンとマイクのハウリング音がして、照明がじわりと暗くなった。
いよいよ昭和スナックの雰囲気だ。
『あー、あー。聞こえましゅかーてすてす』
広い店内が静かになり、声のトーンを落とす。乾杯の前に飲み物を注文しておきたい。
「大将。グラスビールを一つお願いします」
「かしこまりました。それから大将じゃなくてマスターなんですが、」
「みなしゃーん!」
ステージにスポットライトが当たり、パンダの顔が白く光る。
平らな頭のパンダはマイクを片手に持ち、眩しそうに目を細めた。
「こーんばーんはー!でしゅ!」
あの芸人さんのモノマネをして、頭が平らなパンダはなんだか得意げな顔をしている。
住民達も同じように思ったのか、皆クスクス笑った。
「エヘン。ワイワイタウンのみなしゃん!ようこそおいでくだしゃりました!」
パシャパシャとカメラの連写音が聞こえる。
目立たないように腰を屈めて、大きなカメラを構えているのはラミネートさんだ。腕章には”ワイワイ広報”とある。
「わたくち、上野プミ子ともうしましゅ。ほんじつは、ええと、ええと・・・・・・・・ピキしゃん覚えてましゅか?」
「先輩カンペどうしたん」
かき氷を食べていた手を止めて、ピキ子はステージにいるプミに問いかけた。
店内は静かになっていたので、マイクを通さずとも声は聞こえる。
「かあしゃんが食べたかもしれましぇん」
「エッ!まさかカンペの紙を?いや、ないとは言いきれないやで」
「失礼ね バキッ いくら私でも紙は食べないわよ ムシャムシャモグモグドアは食べるけどね、なーんて冗談よ ウフフ」
両手にお団子を持った、まあるい笑顔のパンダがバックヤードからカウンターに戻ってきた。
――ひとまず、入り口のドアを齧ったのが誰なのかは推測できる。高級なマホガニーも美味しくはないのだろうか。
「ねえね、おりんごポシェットの中を見て バブー」
「そこにしまってたよ ベビー」
ミルクが終わったらしく、小さな子パンダ達は住民達の間に座っていた。
L字型のソファには作家さん達が集まっているようだ。
赤いベレー帽のピフさんは何やらメモを取りながら。ペコさん、台東梨男さんはリンゴの皮を剥いている。
だおんさんは笹を小さくする作業に没頭し、今昔さんとベビールームさんはリズミカルに小さくお団子を丸めている。
(もしかしてパンダ団子かな?)
おちりニキさんは双子に絡まれていて大変そうだが、嬉しそうでもある。
「おおー、弟妹(でち)たちよ。見つかりまちた。では続きを・・コホン。ほんじつはワイワイたうんの、じろう・・いろうかいと、わたくちたちの門出をおいわいということで、ありがとうしゃんでしゅ」
プミがぺこりとお辞儀をすると、大きな拍手が沸き起こった。
「まずは毎年恒例のあれをやるでしゅよ。グフッ。今年はライバルはいましぇんのでね。みなしゃん方、掛け声をお願いしまっしゅ。せーの」
コラ職人の皆さん『2022年もみんな頑張りました!』
ワイワイタウン住民の皆さん『今年は白黒歌合戦だよ!』
プミの部屋さん『それではー!』
お守り職人さん『カウントー』
???「ダウン!」
天井から吊り下げられたいくつかのモニターに、プミーと鳴くパンダの顔がドドンと映った。