週刊PAARA①
『あれから10年 ~あの日、あのときを振り返る~』
上野中通り商店街、ここは上野駅と御徒町駅の間をつなぐ商店街、愛称で上中(うえちゅん)と呼ばれている。
この商店街の一角にスナックシンコはある。
店内はカウンター6席、ボックス席2つのこじんまりとした造りだ。
店のドアを開けると「いらっしゃいませー」とママが狭いカウンターにぎゅうぎゅうになりながらも、笑顔で記者を迎えてくれた。
雨が降る中たどり着いたためか、ママの笑顔は記者の心を温かくした。
この店の経営者シンコママ(24歳)はこの上中で店を出して12年になる。上中では知らない者がいない名物ママだ。
「そう…あれから10年たつのね」
シンコママは物憂げな顔でポツリと言った。
2020年、世界中で新型コロナウイルスが流行し、都市機能が停止、日本では東京オリンピックも延期され、人々が未知のウイルスにおびえ不安を抱えていた。
あれから10年、シンコママの軌跡をたどる。
週刊PAARA②
「何飲みます?」
記者が仕事中ということでウーロン茶を頼んだのだが、シンコママは「いいじゃない、思い出は飲みながら語るものでしょ」と言って、ウーロンハイを出してきた。
「10年前、世界中がパニックになったあのとき、シンコママはどうしてましたか?」
記者の質問にシンコママは目を閉じ、ポツリポツリと語り始めた。
「そう…あれから10年たつのね。歳を取るとあっという間に感じるわ。
10年前、私は14歳だった。年が明け、もうすぐ新居が完成するということでワクワク、でもその年の年末には娘が中国に旅立つ予定だったので寂しさも感じてたわ。
娘が中国に行くことは絶対。誰にも止められないことだったの。
娘の日本での残された時間を私は後悔しないよう、そして娘には最高の思い出を胸に旅立って欲しかった。
そう思ってた矢先、そうね、季節は今と同じ冬から春になる頃だったわ。新型コロナが世界中で流行り出したの」
週刊PAARA③
「あの頃新居を建ててたんだけど、新型コロナのせいで新居の完成も遅れたわ。政府から外出を控えるよう言われ、スナックシンコも休業して、私はマスクを作る内職に精を出したの。
このまま世界はどうなるのって不安だったけど、娘との時間が増えたことは私の心を軽くした」
新型コロナウイルス(COVID-19)は2019年の11月に中国で感染が確認され、その後世界中に広がった。
そして流行してから約1年後に治療薬、その後ワクチンも開発され世界中のパニックはおさまっていった。
「娘は日に日に大きくなるの。主人と毎週、身長や足の大きさを比べて大きくなったって喜んでたわ。
世界は混沌としていても、我が家はこの幸せな時間がずっと続けばと願っていた。頭ではわかっていても、娘は日本で私たちとずっと一緒だと思いたかったのね」
シンコママの目に涙があふれた。
「私ね、5歳のときに中国から日本に来たの。
聞いたことない言葉で話すこの国に着いたとき、すごくすごく不安で怖かったの。でも主人が一緒だったから乗り越えられた。
だけど娘は違う。一人で中国に行かなきゃいけないの。一人で乗り越えなきゃならないの。
考えただけで胸が張り裂けそうだった」
週刊PAARA④
シンコママの娘のシャンシャンさん(12歳)は新型コロナウイルスの影響で、当初の予定より10ヶ月遅れで中国に渡った。
「娘の中国行きが延期され、私たち夫婦は喜んだわ。不謹慎だったかもしれないけど、それでも私たちはうれしかった。
娘のために服を何着も作ったわ。その中の一着を着て、中国に旅立っていったの」
記者がウーロンハイを飲もうとしたそのときドアが開き、シンコママより大柄な女性が入ってきた。その女性の容姿に驚いているとシンコママは笑いながら言った。
「うちの主人よ」
「いらっしゃいませー、よろしくね、リリィーです」
よく見ればロングヘアのカツラで、男らしい二の腕が半袖から見えていた。
シンコママのご主人リーリーさん(24歳)はときどき女装をして、シンコママと一緒に店に出ているという。
「主人が店に出てる日は私より人気で嫉妬しちゃうの」
「やだー、シンちゃんの方がかわいくて僕なんて全然ダメよー」
リーリーさん(リリィーさん)とシンコママはお似合いだ。