PR
スポンサーリンク

菊花の節句~タンタンとコウコウ~-2021/09/10(金)

736: 名無しさん? 2021/09/10(金) 02:59:12.99 ID:gdyPsR/F0

菊花の節句  ~タンタンとコウコウ~

『あれ、お前たち今日はここにいたのかい』
神戸の王子動物園。
懐かしい部屋にたたずみ、これも懐かしい寝台に置かれたリンゴや人参、そして瓶に活けられた香り高い菊の花を眺めていたコウコウは、
2人の小さな子パンダたちがいつの間にか自分のそばに立っているのに気付いてそう言いました。
『そうなの。パパがここにいるのがみえたから来たなの』
『それに、きょうはなんだかママがかなしそうだから、しんぱいだったの』
子パンダは、女の子と男の子でした。
女の子は手足が短くてとても可愛らしく、男の子はのんびりとした雰囲気でコウコウに似ています。
2人はコウコウの部屋の仕切りから、隣の部屋にいるタンタンを心配そうに覗いています。
そう。この2人の子パンダは、タンタンとコウコウの子供たちです。
最初の子供は生まれる前にお空に登り、次に生まれた子供もタンタンに抱っこされていたのはほんの数日でした。
けれども2人とも、今はお空の上の梅梅保育園で幸せに暮らしています。こうして父親のコウコウにも会えるのでした。

『…もう秋だからね。ママは女の子だから、ちょっとセンチになってるんじゃないかな』
『ふぅん』『そうなの』子供たちはちょこんと首をかしげてパパを見上げました。
『ほらお前たち、リンゴやニンジンをお食べ。これはパパにもらったものだから、食べていいよ』
『わぁい、あたしニンジン!』『ぼくはリンゴ!』
2人はニコニコと食べ始めました。そしてあどけない顔を上げて、
『ねぇパパ、でもどうしてきょうは、パパのおへやにおやつがあるの? それにとってもいいにおいのお花も』
『どうしてなの?』
『そうだねぇ、いい香りのお花だね…』
子供たちにどういう風に言おうかと、コウコウは少し考えました。

 

737: 名無しさん? 2021/09/10(金) 03:02:26.29 ID:gdyPsR/F0

2
今日、リンゴやニンジン、そしてこの菊の花を、今は主がいなくなったこの部屋に置いてくれた時の飼育員さんの顔を思い出します。
悲しそうで、悔しそうで、それを見たコウコウも胸が痛むような気がしました。
そして、今日ずっと沈んだ表情でいるタンタンの姿も。

“旅立つ方は辛いけど、残される方だって辛いんだろうな…”

コウコウはそう思いながらも、明るく子供たちに言いました。
『それはねぇ、ここにお花が飾ってあるのは、きっと今日が重陽の節句だからじゃないかな』
『じゅう…よう…?』『せっく…?』
『そうだよ。これは中国の節句のお話だから2人ともよくお聞き。今日、9月9日は重陽の節句とか菊の節句とも言って、菊の花を飾って、菊の花びらを浮かべたお酒を飲んだり、みんなでご馳走を食べるんだよ。
菊の花は邪気を払い、不老長寿を招くと言われる…つまりね、菊の花でいいことがいっぱいあって、みんな元気で長生きできるんだよ』
『えっ、すごーい!』
『菊のおはな、すごいねー!』
2人の子供をそれぞれ両ひざに抱き上げて、コウコウは女の子の可愛い口元についたニンジンの欠片を拭いてやりました。
『ふふっ、こうして見ると君はやっぱりお母さんに似てるねぇ』
『ねぇ、パパとママはちっちゃいときからいっしょなんでしょ?』
女の子が、ちょっとおしゃまな様子でそう聞きました。
『そうだよ。パパとママは同じ年に同じ中国の施設で生まれて、お母さんから独り立ちした生後半年から一緒に暮らしたんだ』
『ちっちゃかったママ、かわいかった?』
『もちろん! 可愛くて、とっても元気な女の子だったよ』

そうなのです。
神戸の「旦旦」と二代目の「興興」ではなく、中国の「爽爽(ソウソウ)」と「龍龍(ロンロン)」という名前だった子供たち。
2人は親離れした後、中国の施設で、同じ年に生まれた妃妃も加えた3人で一緒に育ちました。
幼馴染だったタンタン。
いつも一緒に木登りをして、枝の上でみんなで団子のようになってじゃれ合いました。
『ソウソウ、そんなに枝の先まで行くと落ちちゃうよ!』
『平気なの。ロンロンはのんびり屋さんだから、後から来たらいいなの』
そう言ってニッコリしたたかわいい笑顔を思い出して、コウコウも目を細めます。
もうずっと、ずっと昔の話だけれど…。

 

738: 名無しさん? 2021/09/10(金) 03:06:39.64 ID:gdyPsR/F0

3
『そうだ、この菊の花の香りを、ママに届けてあげよう。菊の花の香りは気持ちを静めてくれて、ストレスを取ってくれるそうだよ。
パパはこうしていつでも可愛い子供たちに会えて幸せだけど、ママは秋風が吹くとおセンチになっちゃう乙女だからね。
きっと菊の花の香りで気分が良くなると思うよ』
子供たちの顔がパッと輝きました。2人とも、今日ずっと悲しそうな表情でいるタンタンが心配だったのです。
『うん、そうする! ママのすきなローズマリーもすてきだけど、菊もすてきだものね!』
『ぼくも!』
さっそく子供たちは、白と黄色と薄桃色の香り高い菊の傍に走り寄り、花をぎゅっと抱きしめました。
花びらを胸に抱き寄せたり、頬ずりして香りを自分達の体に移しているようです。
子パンダの毛並みはほわほわと柔らかく、花の香りはしっかりと染み込みます。
コウコウはそれを見守りました。

「…爽爽、そろそろ少し何か食べてみたら?」
部屋に入ってきた飼育員さんが、小さな竹を抱きしめて座り込んでいるタンタンに声をかけました。
タンタンは大事そうに竹を顎の下に抱え直して首を横に振ります。
『今は子育て中なの。お腹はすいてないなの』
「そう…気が向いたら食べるんだよ」
飼育員さんは悲しそうな顔をしましたが、無理強いはせずに小さく切ったリンゴやブドウを置いていきました。
タンタンはじっと竹を抱いて座っています。
タンタンは、今日がコウコウが旅立ってしまった日であることを覚えていました。
幼馴染の二代目興興こと龍龍。子供の頃から仲良く遊んだ2人でしたが、大人になって一緒に神戸で暮らすことになってからは、結婚するなんてことがピンとこなくて、タンタンはなかなか受け入れられないでいました。
だってタンタンは、こんなに早くコウコウと別れる日が来るなんて、思ってもみなかったのですから…。
『…ロンロン…ごめんなさいなの…。悲しいなの。だから今は、ロンロンとの赤ちゃんをしっかり育てるなの』
タンタンはそう言って、赤ちゃんに見立てた小さな竹をまた抱きしめます。
偽育児の間はお腹もすきません。
飼育員さん達を心配させると分かっていても、これは本物の赤ちゃんではないと分かっていても。
タンタンは毎年、この偽育児を繰り返しているのでした。

 

739: 名無しさん? 2021/09/10(金) 03:09:27.12 ID:gdyPsR/F0

4
と、その時でした。
『…あら? いい香りがするなの』
タンタンは顔を上げて、辺りの空気をクンクンと嗅ぎました。
爽やかで、上品で、まるで秋の空のような澄んだ香り。
どこから漂ってくるのでしょうか、優しい花の香りがタンタンに届いたのです。
『これは…菊の花の香りなの。なんて穏やかで落ち着く香りかしらなの…』
タンタンは目を細めて香りを胸いっぱいに吸い込みます。
悲しみに満たされた胸の中に優しい風が吹き抜けたように、少しずつ心が洗われてゆきます。
タンタンはそっと抱きしめていた小さな竹を置きました。
大きく深呼吸して、目を閉じます。
静かに柔らかく心の中に忍び入ってくる香りは、まるで…まるで懐かしい幼馴染の笑顔のように優しくて…。

「あ、今ならいいかもしれない」
いつも小窓やモニターでタンタンを見ている飼育員さんは、タンタンの様子が落ち着いたことにすぐに気付きました。
急いで部屋に入り、新しく切ったニンジンやペレットを台に起きます。
「爽爽…ちょっと食べてみないかい? おいしいよ」
タンタンはゆっくりと振り返りました。
ちょっと考えて、『…そうね、いただこうかしらなの』
そう言うと、大好きなニンジンを美味しそうにかじり、ペレットにも手を伸ばします。
続いて持ってきた薬の入ったサトウキビジュースも、ごくごくと飲み干しました。
『…ふう。これを飲むと、ちょっと胸のドキドキが収まるなの』
「良かった良かった。薬も飲んでくれたね」
『少し、竹も食べようかしらなの。梅ちゃん、持ってきてくれるかしらなの』
「もちろん! すぐに美味しいのを選んでくるからね!」
喜んで出て行く飼育員さんの背中を見送って、タンタンはそっと目をつぶりました。
菊の香りは、まだタンタンの周りに漂っています。
でも香りだけではなく、タンタンには今、胸や首にまとわりつく小さなふたつの暖かい体温が感じられているのです。
さっきの小さな竹を抱きしめていたように、タンタンはそっと手を伸ばし、その不思議な暖かさを胸に抱きました。

 

740: 名無しさん? 2021/09/10(金) 03:11:01.83 ID:gdyPsR/F0

5
菊の香りが、また立ちのぼります。
『とても気持ちが落ち着く、いい香りなの。タンタンはこの香りが大好きなの』
そうつぶやくと、胸の中の温もりが少しゆらめきました。
まるで小さな子供たちが、母の胸に顔をうずめて楽し気に笑うように…。

『ママ、ママ、ぼくたち、菊のおはなのにおいをつけたんだよ』
『ママがいいかおり、っていってくれたなの。うれしいなの』
タンタンの腕の中で、男の子と女の子は嬉しそうにタンタンの胸に頬ずりしながら笑いました。
菊の花の香りを体いっぱいに移してママに抱かれている子供たち。
そんな2人を、コウコウは愛しそうに見つめました。
『爽爽…ぼくたちの子供は、2人ともここにいる。ぼくたちは今でもちゃんと君を見ているんだよ…』
9月9日。菊の節句は、幸せと長寿を願う日。
愛するひとの幸せと長寿と健康を祈る日なのでした。

おしまい

 

741: 名無しさん? 2021/09/10(金) 03:22:06.16 ID:gdyPsR/F0
すみません。いつも当日の日付が変わってからこそこそと投下する今昔です…。
悲しい日のお話なのでためらったのですが、一度は神戸の二代目興興(コウコウ)くんこと、龍龍(ロンロン)くんのことを
書いておきたかったのでした。
優しくて人懐っこくてのんびり屋だったというコウコウくん。
ファンはもちろん、飼育員さん達も関係者の皆さんもきっと忘れることはないと思います。
パンダの数が少し増えて、中国でも絶滅危惧種から危急種に引き下げられた今、
これからもパンダ達の更なる幸せと健康と繁栄が守られますよう願ってやみません。
タンタン、元気で長生きしてくださいね。

 

744: 名無しさん? 2021/09/10(金) 05:05:33.01 ID:l/xE5Fz+0
>>741
今昔さん、素敵な感動のお話ありがとうございます
時々タンタンがどこかを見ていたり空を見上げていたりするのはコウコウや子供たちを探しているのかもしれませんね
ゴワゴワ使用が続いているので私もそっと使います

 

745: 名無しさん? 2021/09/10(金) 07:30:03.92 ID:Ut5Gmnx80
>>741
今昔さん、素敵なお話ありがとシャンです
例のゴワゴワ、お天気がいいから今日は外干しかしらね

 

747: 名無しさん? 2021/09/10(金) 08:14:34.48 ID:EBpjWGw+0
>>741
朝からゴワゴワ行列に並びます
今昔さんありがとう
昔いたパンダ達の事もお詳しいので勉強になります
タンタンさんの擬育児姿はリアルに切ないけどコウコウと二人の赤ちゃんの分も長生きしてほしいな

 

753: 名無しさん? 2021/09/10(金) 10:45:49.14 ID:N2te8V620
>>741
今昔さーん、今日も朝から泣かされまちた。・゜・(ノД`)・゜・。
いつも素敵なお話ありがとシャンです
コウコウさんのことは詳しくないのですが、お話を読んで色々知ることができました
コウコウさんとふたりのちびちゃんに見守られてタンタンさんもずっと元気に長生きしてほしいです

 

783: 名無しさん? 2021/09/10(金) 20:32:46.69 ID:gdyPsR/F0

今昔です。皆様、読んでいただいてありがとうございます。
コウコウくんのお部屋、今年もお花が飾られていたそうですね。(菊ではなかったようですが)
今でもコウコウくんを忘れない方がたくさんいらっしゃるのだと思うと感動しますし、
パンダは本当に人を惹きつける魅力的な存在なのだと思います。
他の作家さん達はいつも可愛らしく楽しく素敵なお話を書かれているのに、
私は作風が違ってていつも長文で…浮いてしまっている気もして申し訳ないのですが、
秋はパンダ達のお誕生日も続くハッピーパンダシーズンですから、ちまちまと書いていこうと思います。

あー、ゴワゴワ二枚セット、私も欲しいです!
ピキちゃんに『泣きなはれ、ふきなはれ』言われてみたいです。

 

742: 名無しさん? 2021/09/10(金) 04:19:13.50 ID:OjRDTG3E0
今昔さん優しいお話ありがとう。゚(゚´Д`゚)゚。ウワーン
ゴワゴワでゴシゴシし過ぎたら顔がゴワゴワになるので皆しゃんそっとゴシゴシして下しゃい

 

752: 名無しさん? 2021/09/10(金) 10:39:33.03 ID:mMpVQstP0
タンタンのお話あとでゆっくり読みます!
そしたベビバブグッズ可愛い
リーリー買えたかな?w

 

743: 名無しさん? 2021/09/10(金) 04:38:28.28 ID:R8oMhQs90
例のゴワゴワを貸して下さいなの。・゜・(ノД`)・゜・。

 

749: 名無しさん? 2021/09/10(金) 09:41:47.85 ID:4mckCsLk0
ノーゴワゴワ ノーライフ

 

754: 名無しさん? 2021/09/10(金) 11:00:46.32 ID:Ft4iVbF60
わたくちも お庭の倒れてる菊を立ててあげたなの
いい匂いがしたなの