パンダ記念日 ～楓浜のお誕生日 -2021/11/23(火)

パンダ記念日　～楓浜のお誕生日

11月も半ばを過ぎ、パンダにとっては過ごしやすい気候になりました。
ブリーディングセンターの野外運動場では、パークの社長さんが涙目で見守る中で今日も結浜がクワを振り上げ畑を広げ、
木陰ではパンダラブから遊びに来たピキがアルバムを広げています。
そして末っ子のプルはピキにくっついて一緒に家族のアルバムを眺めているのでした。
『わぁ、ピキおねえちゃま、すっごくかわいいでちゅ!』
プルが指さした写真は、ピキ一歳の誕生日にチューリップ型のリンゴを片手に氷ケーキの後ろにちょこんと座っている奇跡の一枚です。
『そうやろそうやろ、これは自慢の一枚やねん。うちの一歳のお誕生日の時や』
ピキがそう言うと、プルはきょとんと首をかしげました。
『いっさいのおたんじょうび、ってなんでちゅか、ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ』
『生まれた日がお誕生日や。一歳のお誕生日は、生まれた日から一年たったってことやねん。
うちは生まれた時に小さくて、保育器に入って、みんなが見守ってくれたんや。お母ちゃんも心配して、ずっとうちのことを呼んでたんやで。
そやから無事に一歳のお誕生日を迎えられた時には、みんなが喜んでくれたんや。
氷ケーキにお花のリンゴや人参に、オモチャやジャングルジムやブランコまでもらったんやで』
プルは感心して目を丸くして聞いていました。
そこへ、首にタオルをまいた結浜が休憩にやってきます。
今度はプルは結浜にたずねました。
『結おねえちゃまは、うまれたときはどんなだったでちゅか?』
『え、結が生まれた時? 結はねー、とっても元気で大きな赤ちゃんだったの。
お母ちゃんが大事に育ててくれたけど、舐められ過ぎてお尻が真っ赤になっちゃったの。
それで生まれてすぐに大きな台風が来て、お部屋にお水が入ってきちゃって大騒ぎになったんだよ』
タオルで汗を拭きながら結浜が答えるのを、プルはじっと聞いていました。
それから何か考え込んでいるようでした。

2
その日の午後、プルは良浜と一緒に室内運動場で過ごしていました。
良浜はのんびりお昼寝しています。
プルは一人で遊具に上がり、ちんまりと座って足をぶらぶらさせながら独り言を言いました。
『いいなぁ…いっさいのおたんじょうび、いいなぁ…』
そうつぶやくプルの胸には、先ほどのピキ一歳の誕生日写真の楽しそうな様子が浮かんでいるのです。
『プルも、いっさいのおたんじょうび、したいでちゅ…』
氷のケーキやお花の人参、新しいオモチャに囲まれてみんなに祝われるなんて、なんて幸せな一日なのでしょう。
その前で可愛いポーズを決めてみんなに褒められるなんて、なんて素敵なのでしょう。
『でも…プルは…』
そう言ってうつむいた時、人参と大きな木片を持って廊下を歩く飼育員さんが目に留まりました。
そういえば、今日はなんだか飼育員さん達が忙しそうにしている…とプルは思います。
『おや、とも子、忙しそうやね。明日のお祝いの準備かい』
隣の部屋の永明さんが声をかけています。
「そうよ。それと、明日は11月22日で”いい夫婦の日”でもあるから、永明とラウちゃんにもお祝いに美味しい竹を準備するからね」
飼育員さんが答えている声も聞こえました。
『それはまたおおきに。さすがとも子や』
楽しそうな笑い声を聞きながら、
『あしたは、パパとママのおいわいでちゅね、ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ』
プルはそう言って頷きました。

3
翌日、11月22日の朝。
プルはお庭でお花を摘んでいました。
結浜の畑のルッコラの黄色い花や水菜の白い花、芝生の間に咲いたピンクのカタバミの花で可愛い花束を作ります。
大切そうに花束を握りしめて、プルはトコトコと室内に戻ります。
そしてドアの前で大きく息を吸って…

『楓浜、一歳のお誕生日おめでとう!!!』

ドアを開けた途端、永明、良浜、姉たち、そして何人もの飼育員さん達の祝福の声に迎えられて、プルはびっくりして棒立ちになりました。
本当は自分が”パパ、ママ、おめでとう”を言ってお花を差し出す予定だったのです。
ぽかんと口を開けて立ち尽くしているプルを、良浜が優しく抱き上げます。
『今日はプルの一歳の誕生日やで。ほら、お祝いの氷と新しいオモチャや。1の字と楓の形の氷と、プルの似顔絵の入った積み木やで、良かったなぁ』
「朝はこれだけだけど、夕方にはまたお祝いをするからね。今日は一日、楓浜のお誕生日を盛大に祝うのよ」
ベテラン飼育員さんもにこやかにプルの顔をのぞきこみます。
プルは呆然として、みんなの顔と、プレゼントや氷を交互に眺めました。
それから、ぽつりとこう言いました。
『プル…いっさいのおたんじょうび、じゃないでちゅ…』
『えっ? なんでや、プル子。今日は確かにお母ちゃんがあんたを産んだ日やで』
良浜が驚いて尋ねると、プルは寂しそうに首を振りました。
『おたんじょうびは、うまれたひでちゅ。プル、うまれたことないでちゅ。だから、おたんじょうび、ないでちゅ』
『はぁぁ?! 生まれたことないって、そんなら、プルはなんで今、ここにおるんや』
『プルはずっとここにいるでちゅ。でも、うまれたことないでちゅ。
ピキおねえちゃまはうまれたときにちっちゃかったでちゅ。
結おねえちゃまはうまれたときにおしりまっかになったでちゅ。
でも…プルは、プルは、そんなのないでちゅ…』
良浜に抱かれながら花を握りしめてうつむくプルの言葉に、みんなの頭の上に大きな「？」が浮かびました。

4
『あの…まさかと思うけど、プル子、あんた、それは生まれたことがない、じゃなくて、生まれた時のことを覚えてない、っちゅうことかいな?
そやったら、自分が生まれた時のことを覚えてる人はおらへんで? うちの話も結ねえの話も、それは後からお母ちゃんや飼育員さんに聞いて知った話やで?』
やがて、謎の答えに思い至ったピキがおそるおそるそう言うと、プルはパッと目を見開きました。
『えっ、プル、いつうまれたでちゅか?!』
『そやから、一年前の今日やて!! 一年前のこの日にプル子は生まれてきたんや、今日が一歳の誕生日や!!』
「あのね楓浜、ここにいるみんなが楓浜が生まれた時のことを知ってるのよ。
中国からスタッフが来られなくて飼育員みんなが不安な中、とっても元気な赤ちゃんで、私たちホッとしたの。
大きな声で鳴いて、保育器の中で転がりまわって飛び出しそうになったんだから」
『そうや!! プル子は間違いなく一年前の今日、この私が産んだんやで!
このベテランお母ちゃんの見事な出産テクで、フンッッ!!ときばって華麗なターン、クルリンパと身をひるがえしてしっかり抱っこ、足は力強く柵にガッと引っかけて体勢キープ、の流れるような連続技や!』
『いや、お母ちゃん、具体的に描写せんでもええんやで』
みんなが口々に言い聞かせる言葉に、プルはじっと聞き入っていました。
『じゃあ…じゃあ、プルは、きょう、いっさいのおたんじょうび、なんでちゅか…?』
良浜は笑って飼育員さんからもらった「楓浜お誕生日会スケジュール表」を見せます。
『ほら、今日は朝からオモチャと氷のプレゼントをもらってお誕生日会の配信、夕方からは雪だるまや楓の形の人参でオンライン誕生日会、
夜は家族だけのファミリーお誕生日会…盛りだくさんや。今日の主役はプル子やで』
『すごいでちゅ、おいわい、いっぱいでちゅ! でもプル、どうしてうまれたことおぼえてないでちゅか? ふしぎでちゅ』
なかなか納得できなくて首をひねるプルに、良浜が答えます。
『みーんな、生まれた時のことは覚えてないもんやで。
ほんまにちっちゃい、ちっちゃい赤ちゃんやから、生きるのに一生懸命で、
毎日夢中でミルク飲んで眠って動いておしっこして、ものすごーく頑張ってるから、少し大きくなったら忘れてしまうんやで』

5
桜浜と桃浜、結浜も言葉を添えます。
『そうや。そうして、自分が生まれた時のことは、みんなお母ちゃんやお父ちゃん、お姉ちゃんやお兄ちゃんたちから聞かされるんや』
『それで今度は、私たちが結やピキやプルの生まれた時のこと覚えてるんやで』
『結もみんなに教えてもらったんだよ。お尻が真っ赤になっちゃって大変だった、って!』
続けて、永明さんが優しく語りかけます。
『そしてな、プル子。ここの子は、飼育員さん達からも、僕たち白浜のパンダを応援してくれてる大勢の人達からも見守られてるんや。
プル子が忘れてしまった小さい頃のことも、みんながちゃんと覚えていてくれる。
そやから、プル子がすくすくと育っていること、元気でひとつ年を重ねるお誕生日は、みんなが喜んでくれる日になるんやで』
最後に、ピキが横からプルをぎゅっと抱きしめました。
『みーんな、プル子が生まれてきてくれて、めっちゃ嬉しいんやで!!』
その言葉を合図に、家族みんながプルを優しく包むように囲んで笑顔を向けて、プルは胸がいっぱいになって、抱えている花束を
ぎゅっと握りました。
『…ところで、プル子はさっきからなんで花を握りしめてるんや?』
『パパとママのおいわいでちゅ。きょうは、えっと、えっと…いい…いい…』
思い出せなくて口ごもっているプルの頭を、永明さんが撫でました。
『もしかして”いい夫婦の日”のことかいな。
プル子は自分はお祝いしてもらえないと思ってたのに、お父ちゃんとお母ちゃんのことはお祝いしてあげようと思ったんやな。
優しい子や。ありがとうな。いい夫婦の日に生まれたいい子や、ほんまにええ娘や』

6
プルの顔が、ほわっとほころびました。
みんなの言葉が胸に染みてきて、今、ようやく、本当に今日が自分の「いっさいのおたんじょうび」である実感がわいてきました。
周りを見回すと、綺麗な氷に新しいオモチャ、大勢の家族や飼育員さん達の笑顔…夢に見た素敵なお誕生日がここにあるのです。
そして今日は一日、お祝いが続くというのです。なんて胸がわくわくすることでしょう。

『一歳のお誕生日おめでとう!! 楓浜!!』
良浜の胸に抱かれ、みんなの祝福の言葉を受け、たくさんの愛情に包まれて、
『あいっ!! ありがとうございまちゅ!!』
大きな声で答えるプルは、色付いた楓の葉のように鮮やかな笑顔を見せました。

あの日、元気な産声を上げ、跳ねるように転がって、みんなの心に明るい光を投げてくれた小さな命。
楓浜は、今日で1歳になりました。

おしまい

おまけ

その夜、家族だけのファミリー誕生日会にて。

永明『お～るうぇ～いとぅ～ぎゃざ～♪』
良浜『み～ら～い～のドア、あなたと～2頭で～ひら～き～た～い～♪』

ピキ『深夜に入ってプルのお誕生会から、”いい夫婦の日”パーティに突入したやで』
結浜『お父ちゃんとお母ちゃんが仲良くデュエットカラオケやね!　ヒューヒュー♪』
桜浜『私らもいつか結婚して、いい夫婦の日を祝ったりするんやろか。それで子沢山になったりして』
桃浜『今からイメージトレーニングしといた方がええやろか。えーっと、フンッッ!!ときばって華麗なターン、クルリンパ、で…』

家族団らんの中、今日の主役はねんねこを着たピキの暖かい背中で、お祝いの可愛い楓の形の人参を握りしめ、ニコニコしながら熟睡しています。
プル『むにゃむにゃ…いっさいのおたんじょうび、ありがとうでちゅ…』
幸せな夢は、一晩中続くのでしょう。
そんな素敵な楓浜のお誕生日でした。