（SS）おりんごよりすきなもの-2018/05/12(土)

「シャン子、キミが健康に育ってくれて僕らはとても嬉しく思っているよ。」
『あいっ』

授乳を終えた母親が数メートル先でぐーぐー気持ちよさそうに寝ている中、僕がそっとシャン子に話しかけると彼女は機嫌よく返事をしてくれた。

「あと１か月で君も一歳だね。どうだろう、そろそろリンゴや人参なんかも美味しく食べられる頃だと思うんだ。」
『飼育員しゃん、あたちリンゴの味は気に入ったでしゅ。甘酸っぱくて不思議な味でしゅ。』
「そうだろう、美味しいだろう！　人参もシャン子の体にとってもいいんだ、沢山お食べ。」
『あいっ』

気に入ったと言いながら、まだシャン子はそれらを飲み込んではいないことを僕らは知っている。

「それにお団子も美味しいよ。キミのお母さんが大好きなあのほろほろした固めの焼き菓子だよ。」
『飼育員しゃん』
「なんだい？」
『シャンね、リンゴもお団子の味も好きでしゅ。でもね、シャンはお母しゃんのおっぱいが一番大好きでしゅ！』
「・・・・」
『お母しゃんのおっぱいは世界一美味しいんでしゅ！！』

僕と柵越しに話をし終えると、シャン子は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるように母親のそばに近寄って行った。
母親は、こちらが恥ずかしくなるほど体をおっぴらき、気持ちよさそうに寝入っている。

「世界一か・・・」
シャン子の乳離れはまだもう少し先になりそうだ・・・。

「シャン子、これも取っておくのかい？」
『あいっ』
日中の餌交換の時、母親が室内に隔離されている間、運動場の隅っこの【秘密の場所】でシャン子は嬉しそうに返事をした。

「竹も笹もこんな所に隠していたら干からびてしまうよ。」
『飼育員しゃん、シャンね、これはどうしても取っておきたいんでしゅ。』

昼間そう言っていたシャン子。
夕方も、与えた複数のおやつの内、リンゴひとかけらを僕に託した。
「今食べる方が美味しいよ、それでも取っておくのかい？」
『あいっ』

夕方与えたおやつを、全て食べ尽くした事がないことを僕らは知っている。
それでもシャン子はリンゴを気に入っていた。
美味しいものは隠さないで、今すぐ食べるといいと思うよ。」
『飼育員しゃん』
「なんだい？」
『シャンね、生まれて初めて贈り物するんでしゅ。』
「？」
『明日はお母しゃんの日でしゅ！』

僕はそれを聞いてもう何も言えなかった。
シャン子がここ数日、【秘密の場所】に隠しておいた竹や笹、リンゴはすべて干からびてしまっていた。

僕にリンゴを託すと、シャン子は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねるように母親のそばに近寄って行った。

翌朝、余計なお世話と思いながら、新しい竹と笹、リンゴをこっそり【秘密の場所】に入れ替えたのは僕だ。
数時間後、母親は嬉しそうにそれを食べ、そばでシャン子は大はしゃぎだった・・・。